薄氷の城

 王太子妃殿下のアンドレーアから調度が一式届いたことにより、城内でイルセを女主人の様に扱うメイドが出てきた。イルセ自身も自分には王太子妃の後ろ盾があるのだと言い、下働きへの態度が尊大になったりしていた。
 イルセは、つわりが落ち着くとしばしば自分の昔なじみを城に呼んでお茶会などを開くようになった。その時決まってイルセの専属メイドのネスは、フェルバーン家から送られてきた肉やフルーツの砂糖漬けを惜しげもなく彼女たちに振る舞った。

「奥様、本日は仔イノシシのローストでございます。」
「ありがとう。ネス。」

 ネスは、ニッコリ笑うと、テーブルから離れた。
 
「イルセ、公爵家で正妻の様な待遇を受けているって本当だったのね。ミルテがお食事も私たちじゃなかなか食べられない物が食べきれないほど出てくると言っていたけれど、これほど豪華だなんて思わなかった。」
「エレンはずっと来れなかったからね。」

 今日、イルセに呼ばれているのは、エレンとフランカ。この二人と先日来たミルテとレアの五人は、同い年で親の爵位も環境も同格、昔から皆で集まっては噂話しなどしていた仲だった。
 フランカとミルテは男爵家に嫁ぎ、エレンは伯爵家でメイドをしている。レアは子爵の側妻の座に落ち着いている。
 
「遠慮しないで沢山食べてね。フェルバーン家からいつも送られてくるの。旦那様はアンドレーア様から送られてきた物しか召し上がらないから。フェルバーン家からのは余らせてしまうのよ。」
「ねぇ、ユリアーナ様はどんな方?どんなお話しをされるの?」

 エレンは興味が尽きない少女の様な顔でイルセに聞く。
 
「可哀想なお方なのよ。生家の爵位がどんなに立派でも、嫁ぎ先で男子を産めなければ役目の果たせない人間とみなされてしまうもの。」
「でも、ユリアーナ様だって若いのだし、この先に男の子を授からないって確証もないでしょう?事実、女の子を何の問題もなく出産されているのでしょう?ユリアーナ様が男の子を産んだらイルセはどうするの?」
「どうするってどう言う事?長子相続制なのだから、イルセの産む子が男の子だったらその子がこの公爵家の跡取りになるのは決まっているでしょう?」

 フランカは、エレンに質問の意図を聞く。エレンは一つ頷いて話し始める。

「もちろんそうよ。でもね、今、働いている伯爵家で見ていて思ったのよ。私たちの育った環境とは随分違うことがあるって。私が勤めている伯爵家は、王家との縁があったりする家ではないけれどそれでも違いは多い。だから、(のち)にユリアーナ様が男子を産んで、ユリアーナ様は自分が育った環境のままその子を育てるでしょう?イルセも、自分の環境のまま子を育てる。イルセ、酷いことを質問すると分かっているけど考えてみて、あなたユリアーナ様が育てた子より賢い子を自分が育てられると思う?世間はより出来の良い方に爵位を継がせたいと思うんではない?」

 イルセは、哀傷とも憤りとも見える表情を浮かべる。

「後ろ盾だって、あなたはブラウェルスと言ってもその末端の男爵家。ユリアーナ様は、名門伯爵家の第一子。今は王太子妃殿下があなたの後ろ盾になってくれていても、ユリアーナ様が男子を産んでも妃殿下がそのままあなたを庇護し続けると思う?後ろ盾は、生まれる子にだって深く影響するのよ。政治的に何の影響力も持たない男爵の祖父を持つ子と政治的には王に次ぐ権力を持つ伯爵の祖父を持つ子。次期公爵としてより相応しいのは…」


∴∵
 

 八月に入り、太陽は眩しいほどに輝いている。
 イルセは、フランカたちとお茶会を開いた庭を窓から眺めていた。
 今日はユリアーナがウィルヘルミナたちと茶会を開いている。
 ウィルヘルミナやパウリーンは新しい物好きで、自らが気に入った店からケータリングを頼んでいた。色とりどりのデザートがワゴンに乗せられている。

「こんな暑い最中にごめんなさい。」
「お気になさらないで。」
「先ほどから、色々と運び込まれているみたいですけれど、もう産所の準備ですか?」
「あれは、イルセの産所用なのよ。」
 
 エンマの問いかけに、ユリアーナは笑顔で答えた。

「里帰りして出産するのは側妻の方って言うのが普通ではありませんか。」

 ウィルヘルミナは顔を曇らせる。

「彼女の生家には、分娩用の部屋や旦那様用の部屋を確保できないそうで、ここに産所を用意する事になったの。」
「兄は何故、離宮や別宅を使わないのかしら。」
「…では、今運ばれている物は、全てユリアーナ様のご実家で用意されたの?」
「いいえ。」

 ユリアーナが、笑顔を崩さないまま、詳細を控えていることで、ウィルヘルミナは気が付く。

「母からなのですね?」

 ユリアーナは、肯定も否定もせず、笑顔のままでいる。

「イルセは、私の実家からの世話を受けづらい様で、本当に必要な物を言えない様なの。だから、お義母様(かあさま)からの助けの方が、気持ちが楽なのだと思うわ。お義母様も私の気が利かない所を補って下さって。助かっているの。だから気にしないで頂戴ね。」

 ウィルヘルミナは黙って頷いた。

「では、ユリアーナ様は、どちらでお産をなさるの?」
「私は実家に。来週には帰ろうと思っていて、だから暑い最中に申し訳ないけれど、里帰り前の最後のお茶会に皆さんをお呼びしたくて。」
「里帰りには少し早いのですね。」
「えぇ。父や母が娘たちに会うのを楽しみにしていて。それに、ドロテアの出産が控えていて、ドロテアが臨月にならないうちに移動を済ませたかったの。」
「そうですか。フェルバーン家はお祝い事が沢山ですわね。アンナ様ももうすぐ二人目を出産される頃でしょう?」
「えぇ。父も母も孫たちを可愛がるのに忙しいようです。」

 ウィルヘルミナはユリアーナとパウリーンたちの会話をにこやかに聞いている。

「ねぇ、お義姉様(ねえさま)。フェルバーンのお屋敷へ遊びに行ってはだめかしら?ドロテアの邪魔になってしまうかしら?」
「私が居るのは、祖母が隠居生活で使っていた別館の方だから大丈夫だと思うわ。祖母が細かく指示して造り変えた庭があるの。そこを是非見てもらいたいから、時期を見て手紙を出すわ。皆さまも楽しみにしていて下さいね。」
「えぇ。楽しみにしていますね。」