「ごめんっ」
よろけた私の肩に大きな手が添えられ、謝罪の言葉が降ってくる。慌てて見上げると、見覚えがない男子の顔が思ったより近くにあった。
「私こそ。余所見しててごめん」
やけに顔を覗き込んでくるな、と思っていると、彼も気づいた様子で離れていく。
一歩下がって、軽く会釈をした。たぶん喋ったことがない人だと思うし、同じクラスじゃないはず。再び顔を上げれば、彼は困ったような表情を浮かべる。
余所見してたのは悪かったけど、他に何かあるのかな。首を傾げた私に彼は口を開いた。
「いや。怪我はない?」
思ったより何でもない問い掛けに頷く。
「大丈夫、ありがとう」
目が合った彼の目元が微笑んで、気をつけて、と言って、じゃあね、なんて去っていった。ひらっと振られた手にテキトーに頷いて。
視聴覚室の文字が脳内に浮かぶ。早く行かなきゃ、って急ぐ。真っ直ぐ進んで、階段を上がって、あとは。
左の一番奥の教室。落ち着くために左の横髪を撫でて呼吸した。急いだ、なんて気づかれるの格好悪い。
引き戸を勢いよく開けると、しんと静まり返った教室にまだ誰もいなかった。
「芽吹?」
入って名前を呼んでみるけれど返事はない。
引き戸を元のように閉めて、教室を見渡す。
ぼうっと突っ立って待つにも居心地が悪い。初夏だというのに、日があまり差さないこの教室はすこし冷たくて涼しかった。
窓に近寄って、外を見ていると、カタンと微かな音がする。
「早かったね」



