その時は運良く家の電話が鳴って、母さんの動きが止まった隙に、俺はその場から逃げ出せた。母さんの呼び止める声を無視して家を出た。
……離婚してからもずっと母さんの側にいたのは俺なのに。
父さんによく似たこの顔を通して“父さん”だけを見ていた母さんの目に、俺は映っていなかった。
その事実に耐えられなくて、気づけば父さんが住んでる家まで無我夢中で走っていた。実は離婚前、俺には新しい住所を教えてくれてたんだ。
父さんのしたことは許せなかったけど、離婚するまでは優しくて信頼できる父親だったし、あの時はとにかく誰かを頼りたかった。
だけど、インターホンを鳴らして家から出てきたのは、父さんじゃなくて写真で見たことのあった若い女の人。
──母さんが不倫相手だと疑っていた、父さんの会社の部下だった。
そいつを見て俺はすべてを悟った。あの噂は本当で、父さんは俺たち“家族”を選ばなかったんだって。
よく近所の人に言われていた“理想の家族”とはかけ離れていた。
家族を裏切った父さんも、父さんしか見えてなかった母さんも、自分のことばっかで俺のことなんか何も考えていなかった。
そんなこと最初は信じたくなくて、走って走って考えないようにした。
でも家がどんどん遠くなっていくにつれて、何かすべてがどうでもよく思えてきて。
走り疲れてたどり着いた知らない街の公園で、これからどうしようか途方に暮れていた────そんな時。
俺は藍と出会ったんだ。


