彼が待ち合わせの場所に選んだのは、一つ隣の駅にある喫茶店だった。
 商店街の中にあり、老夫婦が営む庶民的な小さな作りをしている。
 質素な生活を好む彼には、高級レストランなどでのプロポーズは無縁のようだ。

 出会った時の学生時代は、その喫茶店に出かけるのも私達にとって最高の楽しみだった。
 当時の気持ちを忘れないよう、私達はその気持を大事にしてむすばれるなどと考えている。
 私はつつましい女性の気持ちを抱きながら待ち合わせの場所に向かった。

 実家から最寄り駅まで歩いて五分。そこから電車で一分も有れば着ける距離だ。
 本来なら一駅ぐらい節約のため歩いてしまうのだが、髪形や洋服を乱したくない気持ちから電車で向かっている。
 今日は特別の日だと気持ちが高ぶっているのだろうか?

 待ち合わせ場所に着くと、窓越しに彼の姿を確認していた。
 目の前のテーブルを見つめ、かしこまったようにしている。

 私の彼の名は森川正(モリカワタダシ)。大学時代に知り合った二つ年上の上級生。

 大学卒業後の現在は、建築デザイナーを職業としている。
 美術的な景観は意識せず合理的な作りや、本来使うことの無い材料を使用するなど環境に合わせた発想で業界内では注目を集めていた。

 美人でゴージャスな私に対し見た目は普通の真面目だけが取り柄の男だ。
 店に入ると、ドアに着けられた懐かしいベルの音が鳴り響いた。

「いらっしゃいませ」