○学校・2年2組の教室(放課後)
くるみ「今日も挨拶しかできませんでした!」
初めての時と同じ姿勢で座る九条の腕をばしばし叩くくるみ。
九条「はいはい。」
くるみ「先生!聞いてます?私の話!」
九条「聞いてる、聞いてる。2日前もここで同じこと言ってたじゃん。」
そう言って、くるみにプリントを渡す九条。
九条「はい、これ解いて。」
くるみ「出た。本日の課題。」
九条「話を聞く代わりに、数学の問題解く約束だろう。」
くるみ「そうですよ!そうです!だから今日で2回目の課題をしてるんです!先生、私は毎日でも話を聞いてほしいんですよ!それなのに忙しいとか言って、今週はまだ2回しか会ってくれてないんだもん。」
九条「しょうがないだろう。忙しいの、俺は。」
くるみ(むーっ。こんな難しい課題を解かせてるくせに、話を聞いてくれるのは、私が授業で課題が解けなかったときに、先生が放課後に教室に残るように指示したときだけじゃん。)
九条「早く解けよ。」
くるみ「分かってます!」
くるみ(絶対毎日会って、話聞かせてやるんだから!!)
○翌週・学校・2年2組教室(朝休み)
自分の席で那月と遥と話をしているくるみ。
那月「ねぇねぇ、駅前にできたカフェ、パフェがすごく映えるんだって!次の部活の休みに行こう!」
遥「行く行く!」
くるみ「私は二人の予定に合わせれるからいつでも言ってね。」
盛り上がっている三人のところへ、蓮が学生鞄を肩に下げてやって来る。
蓮「おはよう。」
くるみ「おはよう。」
くるみ(今日も素敵な笑顔。)
那月「サッカー部は朝練?お疲れ様!」
蓮に笑顔を見せながら話しかける那月。
蓮「そう、朝練。ほら、もうすぐ先輩たちの最後の試合だから。」
遥「運動部の3年は夏の大会が最後だもんね。うちのバスケ部も気合い入ってるよ。」
話には入っていける遥に対して、何も言えず三人を眺めるくるみ。
くるみ(高柳くんと話したいけど、何を言えばいいか分からなくなる。)
チャイムの音
那月・遥「またあとでね。」
くるみに手を振る那月と遥。小さくてを振り返すくるみ。
クラスの人たちが席に座り始めるのが、担任はまだやって来ない。
蓮「手塚さんのそれさー……」
くるみが蓮の方を見ると目が合う。
くるみ(うぅっ…変わらず今日もカッコいい!)
蓮「その筆箱のやつ、ライチのスタンプのやつだよね。」
くるみの筆箱はメッセージアプリ ライチの「ころころわんわん」の柄になっている。
くるみ「そう!ころころわんわん可愛いくて好きなの。白い丸いもふもふに耳と尻尾が生えて、さらにまんまるの目がキュートで。」
蓮「実は俺も好き。」
ちょっと恥ずかしそうに言う蓮。その蓮にふふっと笑うくるみ。
くるみ「高柳くんが好きだなんてなんかちょっと意外かも。」
蓮「家でポメラニアンを飼っててさ、そいつ似てるんだ。」
くるみ「そうなんだ。その子、すごく可愛いんだろうね。なんか嬉しいな。ころころわんわん好きな人がいて。那月は可愛すぎてちょっと無理って言うんだもん。」
蓮「あのさ……」
と言ったあと、蓮は少し間を空ける。
蓮「せっかくだから、ライチ、交換しない?」
くるみ「えっ?」
蓮「いや、あの、ころころわんわん好き同盟みたいな?」
くるみ「……する!もちろん!」
お互いのスマホを突き合わせるくるみと蓮。
くるみ(うわー!!どうしよう!!高柳くんのライチ、手に入れちゃった!!うわー!!)
くるみのクラスの担任「悪い。遅くなった。スマホとか出してるやつ鞄に仕舞えよー。」
一人興奮し切っているくるみ。
くるみ(この喜びを誰かに言いたい!!誰か……誰か……そうだ!!)
○学校・2年2組の教室(昼休み)
那月「くるみー、お昼行こう。」
くるみ「あの、今日はちょっと……」
遥「どうしたの?」
くるみ「呼び出しくらっちゃって……」
那月「呼び出し!?」
くるみ「九条先生に!この間の数学の小テストの点が悪くて、昼休みに昼飯を持って職員室に来いって。」
遥「マジか。九条ちゃんも数学への愛が熱いからねぇ。容赦ないねぇ。くるみ、数学嫌いって言ってたもんね。」
那月「でも、九条ちゃんの呼び出しなら、私は喜んでって感じ。」
遥「分かるー!カッコいいもん、九条ちゃん!」
くるみ「えー?そうかな……。」
くるみ(そう言えば、この間、前の席の子も言ってなぁ。九条先生の呼び出しなら喜んで行くって。)
くるみ「と、とりあえず行ってくる!」
那月「いってらー。」
お弁当の入った鞄を抱えて、小走りで職員室まで行くくるみ。
くるみ(九条先生、職員室にいるかな。)
職員室の入口から中を覗くくるみ。
くるみ「失礼します。2年2組の手塚です。九条先生いますか?」
職員室の一部の教師の視線が一瞬くるみに注がれる。九条は職員室の自分のデスクで、マグカップに入っていたコーヒーを飲んでいたが、くるみの声にコーヒーを咽せさせる。
早足でくるみの元にやって来る九条。
九条「ちょっ、こんな時間に職員室に尋ねて来るって何考えてるの?」
小声でくるみに話しかける九条。
くるみ「先生に話したいことできたから。」
九条「あのなぁ……」
呆れた顔をする九条。
九条「数学準備室の前で待ってて。」
自席に戻って行く九条。周りに座る教師に
九条「数学の問題教えて欲しいって言ってるんで行ってきます。」
と言っている。
○学校・数学準備室(昼休み)
ここで小テストをした日と同じように隣り合わせの席に座るくるみと九条。
九条「まさか昼休みに訪問してくるとはね。」
九条の溜息きにしょんぼりと項垂れるくるみ。
くるみ「ごめんなさい。約束もしていないのに迷惑でしたよね?」
九条「別に迷惑とかじゃないけど、俺みたいなイケメン教師は色々大変なのよ。」
くるみ「うわー……先生、自分のこと自分でイケメンとか言うんだ。」
若干引き気味のくるみに九条は「うるさい。」と言ってから
九条「先輩教師からの監視の目が厳しいのよ。その容姿と若さで女子生徒を誑かしてるんじゃないかって。だから、今まで俺が指示した時間に教室で会うようにしてたのに。」
最後の方は一人言のように呟く九条。
くるみ「先生のこと好きって子、結構いますもんね。」
九条「嫌われるよりは有難いけど、正直迷惑。」
悪びれずにキッパリ言う九条。
九条「俺は生徒と恋愛する気はないよ。」
くるみ「どうして?」
九条「面倒くさいから。てか、そう言うのって禁止されてるからね。で、話って何?」
くるみ「それですよ!お話!聞いてください!」
九条の両手を自分の掌でガシッとつかむくるみ。
くるみ「高柳くんにね、ライチを交換しようって言われたんですよ!!」
九条「へぇー。良かったじゃん。」
くるみ「もう、ころころわんわんに感謝ですよ。」
九条「ころころわんわん!?」
何それと言った顔をする九条。
くるみ「知らないんですか?これです。」
くるみは自分のスマホのライチを見せる。
くるみ「この丸っこい姿がすごく可愛いんです。」
九条「確かに。」
くるみ「でしょ、でしょ!」
九条が頷いてくれて、くるみの表情は華やぐ。
九条「しかし、高柳が好きなのは意外だな。」
くるみ「私も意外でした。お家にこれにに似たポメラニアンを飼ってるんですって。」
九条「なるほど。犬好きは犬のキャラも愛するってことか。」
くるみ「先生、これからどうしたらいいですか?」
九条「どうするって何が?連絡先知ったんだから、連絡取り合えはいいじゃん。」
くるみ「無理!!無理ですよ、そんなの!!」
九条「なんでだよ!?高校生なんて暇さえあれば、友だちと連絡してんじゃん。」
くるみ「だって、内容に悩んじゃって……変なこと打って嫌われたくないし。今朝だって全然喋れなかったんです。那月も遥も楽しそうに高柳くんと話してたのに。」
肩を落とすくるみ。
くるみと九条はとりあえず持っている昼ご飯を食べ始める。くるみはお弁当の蓋を開ける。九条はコンビニのおにぎりを開封する。
くるみ「私、自信ないんです。何の取り柄もないから。見た目も中身も。だから、高柳くん、私と話してて楽しいのかなってすぐ考えちゃう。」
表情ひとつ変えずに、もしゃもしゃとおにぎりを食べる九条。
九条「好きなこと話したら?」
くるみ「えっ?」
九条「少なくとも高柳は手塚と仲良くなりたいとは思ってると思うけど。」
くるみ「えぇっ!?どうしてそんなこと思うんですか!?」
九条「仲良くなりたいって思ってなかったら、ライチなんて交換しないだろ。しかも、普段もだいたいは高柳から話しかけてるみたいだし。」
みるみる頬が赤くなるくるみ。
くるみ「……そっか……うわぁー……先生が言うとすごく説得力あります。」
九条「そう?」
くるみ「だって、自称イケメンだもん。」
九条「自称じゃねぇよ。周りも認めるイケメンだからな。」
九条の台詞にふふふっと笑うくるみ。
九条「そうやって、笑ってろ。相手が笑ってくれると、高柳も話しかけやすいだろ。」
くるみ「うん。先生、ありがとうございます!なんか先生って君にゾッコンラブの森くんみたい。森くんは花美が悩んだ時に手を差し伸べてくれる爽やかキャラなんですよ!」
九条「でたっ……君にゾッコンラブ……」
くるみ「あー!先生、君にゾッコンラブのことちょっとバカにしてるでしょ?」
九条「だって、タイトルがダサ過ぎじゃん。」
くるみ「今、全世界の君にゾッコンラブファンを敵に回しましたよ!」
九条「いいよ、いいよ。敵に回しても。」
くるみ「そんなこと言わないで、ちょっと見てください。私のお勧めのシーンはここです。」
お弁当をデスクに置いて、自分の座っていた回転椅子を高柳に近付けるくるみ。肩が触れ合うぐらいの距離になる二人。
くるみ「ここはね、お互いに勘違いをしていた太郎と花美の誤解が解けて、仲直りするシーンなんですよ。太郎の俺には花美しかいないってセリフの顔が胸キュンで……」
高柳「ダメだ。全然、理解できん。」
くるみ「えー!?こんな名シーンが刺さらないなんて、先生の心はどうなってるんですか?」
くるみが顔を上げると、高柳と視線が合う。もう一歩近付いたらキスできるぐらいの距離。
くるみ「あっ……えっと…とにかくお勧めです!」
頬を赤く染めて、くるみは九条から視線を逸らす。
くるみ(びっくりした。近付きすぎちゃった。)
九条は顔の赤いくるみに対して、少し困ったように後方部を掻いた後で、
九条「そう言えば、昨日の小テスト、65点だったぞ。」
と、話題を転換する。
くるみ「本当に!?」
九条「あぁ。今までの手塚からしたら、頑張ったと思うよ。」
くるみ「先生が丁寧に教えてくれるからですよ。」
九条「手塚がいつも最後まで投げ出さないからだろう。」
くるみ「……。」
九条「次もちゃんと頑張れよ。」
くるみ「もちろんです。お話聞いてくれたお礼に頑張ります。」
○学校・2年2組の教室(5時間目 数学)
九条「そしたら今教えた公式を使って、教科書の問題を解いて。時間は10分。」
問題に取り組む生徒。その生徒たちの机の間を前から後ろに巡視する九条。
一番後ろまで来て、くるみの席で折り返す九条。そこで足を止める。
くるみのノートの端に[昼休みはありがとうございました]と言う文字と自分で書いたころころわんわんのイラストがある。
九条がくるみの方を見やると、くるみは胸の前で小さくピースサインをして見せる。微笑してそのまま立ち去る九条。
そんな二人を隣の席から眺める蓮の姿。
○学校・2年2組の教室(ホームルーム後)
蓮「今日も一日お疲れ様。」
くるみに話しかけてくる蓮。
くるみ「お疲れ様。高柳くんは今から部活?」
くるみ(九条先生が高柳くんも仲良くなりたいって思っているって言ってくれたから頑張る。)
蓮「うん。大会も近いから。それに再来週の日曜日には練習試合もあるんだ。」
くるみ「そっか。私、サッカーの試合って生で見たことないや。」
蓮「そうなの?じゃあ見に来る?」
くるみ「えっ?」
蓮「学校で練習試合するから、もし良かったら。友だちも誘ってくれてもいいよ。高校生の試合と言えど、けっこう面白いよ。レベル的にも強豪同士の試合だから。」
くるみ「じゃあ、行ってみようかな。」
蓮「了解。詳細が分かったらまた言うね。」
自席から立ち上がる高柳。そこに華やかなメイクをした背中までのストレートヘアの女子生徒が入ってくる。背もスラリとしてモデルみたいだ。
女子生徒「蓮、部長がミーティングするから早く来いって。」
くるみ(綺麗な人……)
くるみを見下ろして眺める女子生徒。
蓮「あぁ、今行く。じゃあまた明日ね、手塚さん。」
くるみ「また明日。」
蓮とその子が出て行くとすぐ、那月がやって来る。
那月「5組の鏑木(かぶらぎ)さんじゃん。」
くるみ「鏑木さん?」
那月「知らないの?サッカー部のマネージャーで、高柳ファンクラブ会員第一号 鏑木早苗(かぶらぎ さなえ)。」
くるみ「会員第一号!?」
くるみ(確かに高柳くんには、本人には内緒でファンクラブがあって、加入者には会員番号もあるって噂は聞いたことがあるけど)
那月「第一号は創設者ってことだよ。」
くるみ(そんなすごい人だったんだ。高柳くんとも仲が良さそうだったもんなぁ。)
遥「那月、部活行こう!」
学生鞄を肩に、リュックサックを背中に背負っている遥。
那月「はーい。じゃあくるみ、また明日ね!」
くるみ「うん。いってらっしゃい。」
くるみ(二人はバスケ部に入っている。私は運動は苦手だから、二人のバスケをしている姿はいつ見てもカッコいいって思っちゃう。)
そんな二人を見送ってから、家庭科室へと足を運ぶくるみ。
○学校・家庭科室(放課後)
家庭科部顧問(30代半ばぐらいのバリキャリ系)「みんな座ってる?今日はフィナンシェ作るからね。」
家庭科室には左右にコンロと流しが付いた六人用の調理台があり、十五人程が座っている。
くるみ(今日は週に1回の家庭科部の活動日。運動は苦手だけど、料理は家でもしてるし、お菓子は作るのも食べること好きだし……それに……お母さんのことを助けるためにも、部活は週一ぐらいがいいってのもあった。)
くるみの隣の席に座る女子生徒がくるみの腕をちょいちょいと突く。耳下までのボブヘアーで、くりくりとした瞳と長い睫毛の女の子だ。
翠(みどり)「楽しみだね、フィナンシェ作り。」
くるみ「うん!」
くるみ(田原 翠(タハラ ミドリ)ちゃんは、クラスは違うけど、家庭科部が一緒で仲が良くて、私自身、一番話しやすい友だちだ。)
くるみ「作ったら彼氏にあげるの?」
翠「えー?どうしよう。フィナンシェ好きだから全部自分で食べちゃいそう。」
頬を染めながらも戯けて返事をする翠。
くるみ(翠ちゃんはサッカー部に彼氏がいる。彼氏は家も隣の幼馴染み。)
家庭科部顧問「お喋りもいいけど、限られてる時間だからね。手も動かしてよー。」
部員たち「はぁい。」
和気藹々とフィナンシェ作りをする部員たち。先輩、後輩の垣根を越えて仲がいい部である。
くるみ「よし!完成!」
調理台のお皿に並ぶフィナンシェたち。
翠「美味しそう。やっぱり全部自分で食べちゃおうかなぁ。」
女子部員1「もう、翠ちゃん!そんなこと言わないでちゃんと彼氏さんにあげなよ。私もね、好きな人に渡すの。」
くるみ「……」
翠「それって告白!?」
女子部員1「まさか!告白なんてまだ無理!でもね、今、前の席に座ってて、よく話すから……明日、作り過ぎちゃったからって言ってあげようかなって。」
翠「そうなんだ。」
女子部員1「それをきっかけにもう少し仲良くなれたらいいなって思ってるの。」
くるみ(……私も渡せたら……もう少し仲良くなれるかな……)
くるみの顔を覗き込んでいる翠。
翠「くるみちゃんも誰かに渡したいって顔してる。」
くるみ「えっ?」
翠「渡せるといいね、その人に。」
応援してるよと言うのが、微笑む翠の表情に現れている。
○くるみの自宅(夜)
くるみ「ただいまー。」
玄関にくるみの母の靴がある。
母「おかえり。」
母はすらっと背の高い女性。
くるみ「夜勤、お疲れ様。今日から2日お休み?」
母「ありがとう。そうよ、2日間休んで、次は日勤。」
ほっと胸を撫で下ろすくるみ。
くるみ(お母さんがいるとやっぱり安心する。)
母「手洗ってきなさいよ。夕飯はハンバーグよ。」
くるみ「やった。お母さんの作るハンバーグ大好き!そう言えば、今日、家庭科部でフィナンシェ作ったの。一緒に食べよう。」
母「あら嬉しい。」
○くるみの自宅・ダイニング(夕食後)
ダイニングの食卓で向かい合ってフィナンシェを食べるくるみと母。
母「美味しい!やっぱりくるみの作るお菓子は最高ね!」
くるみ「甘いもの食べてる時って幸せー。」
食卓にまだ数個残っているフィナンシェ。
くるみ「お母さん、これ、明日、学校に持って行く。」
母「いいわよ、くるみの作った物だもの。好きにしなさい。」
座席を立つくるみ。
自分の部屋からラッピング材を持ってきて包み始める。最初に二つ、透明の袋に入れて、リボンをかけて完成させる。
食卓にはまだお皿に二つ残っている。
くるみ「……。」
もう一つ同じようにラッピングをする。
○学校・2年2組教室(昼休み)
蓮の様子を伺うくるみ。
くるみ(勇気を出して渡すのよ!くるみ!)
蓮「そう言えば誘っていた試合の詳細が決まったよ。」
くるみ「本当?」
蓮「うん。また後でライチに送るね。」
くるみ「ありがとう!」
くるみ(高柳くんからのライチ!って話しかけてくれた今がチャンス!渡さなきゃ……)
早苗「蓮ー。」
教室に遠慮なく入り、蓮のところまで来る早苗。
くるみ(鏑木さん……)
早苗「もう食堂にサッカー部のメンバーが待ってるよ。早く来てよ。」
くるみの方をちらっと見る早苗。
蓮「あぁ……。」
先を歩き出す早苗。それに続く蓮。
くるみ(どうしよう……でも……)
蓮の腕をがしっとくるみは掴む。
くるみ「た、高柳くん……」
蓮「うん?」
くるみ「これね、昨日の部活で作ったの。もし良かったら食べて!」
蓮の手にラッピングしたフィナンシェの袋を握らせる。
蓮「えっ?いいの?」
くるみ「もちろん。迷惑じゃなければ。」
蓮「迷惑じゃないよ。すごく嬉しい。サンキュー。」
満面の笑顔をくるみに見せてくれる。
くるみ(うわー!!幸せ!もう死んでもいい。)
早苗「ちょっと蓮!早くして。」
蓮「ごめん、今行く。橘さん、また後でね。」
くるみに手を振り、ドアの前に立つ早苗の元に小走りで行く蓮。
小さく溜息をつくくるみ。
くるみ(渡せたけど……こんなので良かったのかな。)
○学校・2年2組教室(5時間目 数学)
数学の授業を受けるくるみと蓮。黒板の前では九条が説明をしている。
不意に蓮が自分のノートをくるみの机に寄せてくる。それが自然と目に入るくるみ
フィナンシェすごく美味しかった。ありがとう!と言う文字が並ぶ。
蓮の方をくるみが見上げると微笑まれる。みるみるうちに顔が赤くなるくるみ。
自分のノートに急いでペンを走らせるくるみ。
また何か作ったらあげるね。
恐る恐る蓮に差し出す。
ありがとう。楽しみにしてる。
蓮からそう返事をもらえる。
九条「高柳、話聞いてるか?」
蓮「えっ?」
九条「お前が聞いていないの珍しいな。週明け小テストするから覚えとけよって。問題はいつもの倍だから。」
蓮「はい。」
くるみ(うっ…問題が倍…)
明らかに表情が沈むくるみ。それに気付く九条。
九条「分からない問題があれば前もって聞きに来いよ。気が向いたら教えてやる。」
男子生徒1「なんだよ、気が向いたらって。」
男子生徒1は笑いながら九条に突っ込む。
○学校・数学準備室前(放課後 16時過ぎ)
ノックをするくるみ。「はーい。」と中から緩い声。そして扉が開く。
教師1(若い感じの爽やか系の教師)「えーと……」
くるみ(九条先生じゃなかった。1年生の算数を担当してる持田(もちだ)先生だ。)
くるみ「九条先生いますか?数学の問題を教えてほしくて。」
持田「九条先生は会議に行ってるよ。帰ってくるのは早くても1時間後かな。」
くるみ(そっか。最初の時みたいに勉強教えてもらいながら、話を聞いてほしかったのに。)
持田「良かったら、俺が教えようか?」
首を振るくるみ。
くるみ「ありがとうございます……でも、教室で他のことしながら待っています。」
持田「じゃあ九条先生が帰ってきたら教室で待ってることを伝えてあげるね。」
持田に一礼して、その場を去るくるみ。その後ろ姿を指で顎を触りながら眺める持田。
教室に戻って来るくるみ。自分の席で数学の教科書とノートを広げる。
くるみ「数学って見てるだけで目が疲れてくる。こんなのを専門にしてる九条先生って絶対に変わり者だ。」
問題をノートに書き写し、自分で何問か解いたら手が止まるくるみ。
くるみ(分からん…先に英語しよう)
教科書とノートを隅に追いやり、英語の予習を始める。
くるみ(英語は好き。中学まで英語教室にも通ってたし。)
黙々と英文ををノートに書き、翻訳していくくるみ。
時計の針が1時間を経過し、17時半になろうとする。
くるみ(先生遅い……。会議って大変なのかな。)
机に突っ伏してしまうくるみ。
くるみ(お腹減った……。最終下校18時半だっけ。)
その時、扉の開く音がする。
九条「ごめん、遅くなった。」
息を切らせて教室に入ってくる。
くるみ「先生!」
ぱっと顔が明るくなるくるみ。
九条「待ったよね?持田先生に伝言して、帰っても良かったんだよ。明日でも教えてあげたのに。」
この前と同じようにくるみの前の席の椅子だけをくるみの方に向けて座る九条。
くるみ「ううん。今日が良かったから。少し自分で解いたんです。それで分からない問題があって……」
英語を片付けて数学をもう一度机に広げ直すくるみ。
九条「えらい、えらいって言いたいけど、この自分で解いた2問目は答えが違うぞ。」
くるみ「えぇー!?もうやだ。一生懸命考えたのに。数学なんて嫌い。」
ほおを膨らませるくるみ。くるみの言葉に少し寂しげに笑みを漏らす九条。
九条「嫌いだなんて言わず、少しは好きになってくださいよ。」
夕陽が微笑む九条を照らす。
くるみ「……。」
そして、腕組みをして、大袈裟に頷く九条。
九条「数学はいいぞ。どこまでも奥が深い。円周率なんてロマンじゃないか。永遠に続くロマン!」
くるみ「全然分かりません!!先生って数学オタク?」
九条「普通だ、普通。円周率が分からないなら、素数のロマンを語ってやろうか?」
口をへの字に曲げるくるみ
くるみ(絶対に数学オタクじゃん。)
九条「ほら、早くシャーペン持って。せっかくだから1問ぐらい解いて帰るよ。」
くるみ「はぁい。あ、先生、今日ね、高柳くんに昨日の部活で作ったお菓子あげたの。」
九条「へぇ……」
くるみ「美味しかったって言ってもらえたの。」
九条「それ、数学の時間だろ。」
くるみ「な、なんで分かったの!?」
九条「高柳がなんかふわふわしてたから。」
くるみ「ふわふわ?」
九条「ふわふわ。まぁ分からないならいいよ、別に。ほら、これの公式はどれでしょう?」
教科書の問題を指さす九条と固まるくるみ。
九条「君、絶対に俺の話、聞いてないよね?」
くるみ「聞いてます!聞いてるけど、難しいんだもん。苦手だから自分でするのは避けちゃうし。」
少し悩んだ顔をする九条。その後でゆっくりと口を開く。
九条「1日1問。手塚が良ければ放課後に教えてあげるけど。毎日、コツコツした方がいいからね。」
くるみ「いいんですか?先生、忙しそうなのに。」
九条「生徒が教師に気を遣いなさんな。」
くるみの頭を拳で優しくコツンとあてる九条。なぜか少し頬が染まってしまうくるみ。
くるみ「じゃあ一緒に勉強します。私ね、先生とこうやってお話ししなが勉強するの好きです。」
九条「……。」
くるみ「恋バナも聞いてくれるし。これで毎日、お話できますね。」
九条「あー、そう言うこと。数学よりそれが目的ね。」
くるみ「そんなことないですよ。数学も頑張りますよ!」
くるみのノートに問題を1問書く九条。
九条「じゃあこれ宿題。明日までにやっておいで。」
くるみ「分かりました。任せてください。」
それから二人で頭を突き合わせて問題を1問解く。
九条「分かった?」
くるみ「うん!先生、教え方、上手。」
ははっと笑う九条。
九条「そりゃ教師だからね。さっ、帰るよ。18時半になる。」
椅子から立ち上がる九条。
くるみ「はぁい。あ!そうだ!」
自分の鞄を漁ってラッピングしたフィナンシェを九条に差し出すくるみ。
くるみ「これあげます。問題教えてくれたり、お話聞いたりしてくれるお礼です。昨日の部活で作ったんです。」
九条「それってさぁー……」
九条と目が合うくるみ。
九条「やっぱりいい。ありがとう。あとでいただくよ。」
くるみ「どういたしましてです。」
帰る支度をして、九条と同じように席を立つくるみ。
くるみ「あ、先生、明日は何時ですか?」
九条「何時?」
くるみ「一緒に勉強するる時間。だって決めておかないと先生のライチは知らないから、連絡取れないなぁって。」
九条「じゃあ16時半。数学準備室においで。」
くるみ「了解です。先生、また明日ね。」
嬉しそうな顔をして九条に手を振り、教師を出て行くくるみ。その後姿を小さく溜息ついて見つめる九条。
○くるみの自宅・ダイニング(夕食後)
くるみ母と楽しく会話をしながら夕食を終えるくるみ。
くるみ「ご馳走様でした。やっぱりお母さんの作るご飯が一番好き。」
くるみ母「良かった。くるみがそう言ってくれると思って、今日も張りきちゃった。」
くるみ「私、後片付けするね。」
そう言ってくるみが立ち上がった時、ルームウェアのポケットに入れていたスマホが鳴る。
ポケットとからスマホを取り出すくるみ。
くるみ(うそっ!!)
画面に映る蓮からのライチのメッセージ。
くるみ母「くるみ?」
くるみ「大丈夫、大丈夫!私、片付けするからお母さんは先にお風呂に入っててね。」
くるみ母「そう?ごめんね、ありがとう。」
片付けを終えてからスマホを顔の上に掲げて、ソファーに寝転がるくるみ
蓮(からのライチ)「お疲れ様ー!試合の詳細送るね。日曜日 10時キックオフ 場所 学校のグラウンド。 手塚さんが来てくれるの楽しみにしてる」
メッセージの後にはころころわんんのスタンプが押してある。
くるみ(高柳くんからのライチだ。あ!記念に写メっとかなきゃ。)
インカメでメッセージを撮るくるみ。
くるみ「なんて返すのが正解?」
うーんと唸りながら悩むくるみ。
くるみ「これは、君にゾッコンラブの第35話と同じパターン!!太郎からのメッセージの返事に悩む花美……確か……」
くるみはかしかしとメッセージを打つ。
くるみ(のライチ)「連絡ありがとう。必ず行くね!高柳くんの試合、楽しみにしてる。」
くるみ(そう花美もバスケットの試合がある太郎に必ず行くねってメッセージを送るの。)
そしてくるみもころころわんわんのOKのスタンプを押す。
すぐにメッセージが返ってくる。スタンプで「また明日」となっている。
くるみ(これに返事……はしにくいよね。)
スマホをラグの上にぽとんと落として、ソファーに横向きになるくるみ。
くるみ(本当はもっとやりとりしたいのになぁ……。)

