ミーコの願い事

 高木さんは大柄な体型をしていて、学生時代から柔道を今も続けてると聞いた覚えがあります。
 少しお調子者の印象が有り、口にものを含んだ喋り方が特徴です。
 私は再び、専務に目線を向けると、机の上に整頓されたファイルを取り出しては、しまうの繰り返す行動をしています。
 
 そんな専務の不自然な行動に疑問視していましたが、社内で私だけがあることに気づいてしまいました。
 ひょっとしてこの紙袋のデザインは、友人である専務が担当したのではないかと推測したのです。
 高木さんは、杉田さんに説明しています。

「二色だけでこの存在感だぜ。印刷コストも抑えられるし、単純ながらもデザインした人は良く考えているよな」 

 専務はその言葉が聞こえると皆の方を向き、自信有る顔付きで何か言いたそうな仕草をしていました。
 普段は机の前で背中を丸めているのに、今は体をみんなの正面に向け背筋を伸ばしています。
 やはりそうです。この紙袋は専務がデザインした物に違いありません。

 私は専務の仕草を見て確信すると、とても嬉しくなりました。

 会社の上司が、皆に評価さらている。
 それはまるで、自分が褒められているかのように感じたからだと思います。
 専務は話すタイミングを伺っているかのようで、会話が途切れるのを待っていました。

 そんな専務を見て、私は心の中で応援をしていました。

 頑張って下さい。デザインしたのは僕だと発言して下さい。

 そして専務は会話が途切れると、小さな声でしゃべり始めました。

「……その紙袋のデザイ」

 専務のか細い声は近くに居た私にも聞き取りにくく、同時に発した高木さんの大きな声でかき消されていました。

「でもこれ、文字読めないなー」

 私は専務が喋れなかったことと、先ほどまでと違う意見に戸惑いました。
 高木さんの言葉を皮切りに、今度は紙袋のデザインの欠点を、みんなが言い始めました。

「確かに可愛いさを優先しすぎて、店名の文字が読めないよね」

「丸柄も多くて目が疲れるし」

「お店を紹介したいのに、読めないのでは意味が無いよね」

 そんな声が聞こえ専務を見ると、自身に満ちた表情から打って変わり無表情で机を見つめていました。
 意見の高低差を聞いてしまった私は、どうしていいかわからず1人でアタフタしてしまいます。
 そして隣の席からは森川さんが紙袋を見つめ、止めを刺すかのような言葉をつぶやきます。

「デザイン学校の教科書にでも載りそうな、初歩的なミスね」

 恐る恐る専務を見ると、そこの席には専務は居ませんでした。

 あれ? さっきまで居たのに。

 目で専務を探すと、無言で窓際に置かれている植物に水をあげていました。
 社長はそんな専務の状況がわからないまま、説明をしています。

「お水は朝、あげたばっかよ」 

 その光景から、現実逃避中であることを感じ取りました。
 そんな専務のことを知らずに高木さんは、違う話題に切り替え談笑しています。

「お店で思い出したけど、近所に新しいスーパーが出来たらしいね」

 内容が変わったことに安心していると、私も気になってしまう話が聞こえてきました。

「今日開店で品物の値段が、かなり値引きしているらしいよ」

 仕事をする手を止め、聞き耳を立ててしまいます。

 新しく出来たスーパーを見てみたいという気持ちも有りましたが、値引きしたものを購入し、満足感を得たいと思ったからです。
 自分らしく無いと思いながらも、顔は高木さん達が会話をする方向に向いていました。
 少しの間仕事の手を止め、人の会話を聞いている。何気ないことでは有りましたが、私にとって一歩踏み出すような行動でした。

「ふっふっふっふっ、安売りに興味が無い女性は、この世に存在しないわ」

 森川さんは私の机の上に、そっと、スーパーの折り込みチラシを差し出しました。

「しかも、今日行けばもれなく、お醤油がもらえるみたいよ」

 その言葉に驚きました。

「お醤油がもらえるのですか?」

 しかもチラシに書かれている値段は、とても魅力的な安さです。
 私は会社が終わると、スーパーで買い物を済ませてから帰宅することにしました。