ぼくらは群青を探している

 想像さえしたことのない話だったせいで、一瞬何を言われているのか分からなかった。ただその言葉の意味を咀嚼(そしゃく)した途端にぞわりと背筋が震える。


「顔……、に、ですか……?」

「だな。んできたねーつってバケツの水で洗ってもらったらしいぜ。俺も詳しい話知らねーよ、中学上がったら妹と会話とかしねーし、会話あったところで学校で虐められてるなんて言う妹いねーだろうしよ」


 中学に上がれば妹と会話をしない、それが一般論かどうかは分からなかった。ただ、そういえば、蛍さんは何年も妹と会話をしていないんだと言っていた、と能勢さんが話していたっけ……。


「お前がノート拾ってやった、多分次の週とかだったな。学校行きたくねーつって引きこもって、どっかの私立中学に転校させて、どっかのタイミングから行ったりまた引き籠ったりしてたな。ギリ卒業できたらしい、つっても高校行ってねーしまた引き籠ってっけど」


 常盤先輩と桜井くんは、黙って話を聞いていた。どんな顔をして話を聞けばいいのか分からなかったのだと思う。少なくとも私はそうだった。


「……ま、辛気臭い話したかったわけじゃねーんだ。うちの妹が不登校になる直前、お前が親切にしてやった、話は簡単だろ」

「……でも……」


 だから、私がしたのは親切と呼んでいいのかすら分からない程度の行為で、現に蛍さんの妹の状況は何も変わらなかったわけで──。


「永人の妹が、三国ちゃんにノート拾ってもらったって話してたんだって」


 九十三先輩に補足されても、やっぱり意味が分からなかった。私が覚えていないだけじゃなくて、現にその程度の関係しかなかったというだけの話なのでは?

「……よく、意味が……」

「虐められてるヤツが頭が良いだの可愛いだので有名な隣のクラスのヤツにノート拾ってもらったらどう思うと思う? クッソくだらねーけどな、クソ嬉しいんだよ」


 ……それでもやっぱり、私には意味が分からなかった。


「……でも、それはたまたま……」

「ま、たまたまだな。俺がその話聞いたのだってたまたまだ」


 蛍さんは頭の後ろで腕を組み、壁に背を預けた。


「何年ぶりかって会話を妹とやって、お前友達いねーだろってイジったらお前の名前が出て来て、頭良くて顔も良いっつーから──ああ、俺と同じで頭もクッソ悪いんだよ。だから絶対(ぜってー)お前の友達じゃねーだろと思ってたら次の週に不登校。母親達が妙に真面目な会話してっからなにかと思ったら虐められてたってんだから、やっぱ言ってた三国も友達じゃねーんだろうなって」


 答えになっていないことをつらつらと喋った後、蛍さんは一度口を閉じた。


「なんで俺が三国の写真持ってんのかって話だったな。妹の話に出てきた三国って誰だよつって荒神にもらった」

「え……」


 そっか、そうだ、荒神くんは蛍さんと九十三先輩にカツアゲから助けてもらったことがあるんだと話していた。そうだったんだ、それならおかしくない、二年生のときなら荒神くんは同じクラスだったし、私の写真を撮るなんて簡単だ。撮影者を荒神くんと決めつけるのは早計だと思っていたけれど、そこはシンプルな問題だったのだ。


「荒神くんは、蛍さんと九十三先輩がカツアゲから助けてあげたんですよね? それで……?」

「あん? ちげーよ」

「いや合ってる合ってる」しかめっ面の蛍さんの隣で九十三先輩がバタバタと手を振り「でもマジの最初は全然違う。あの荒神が最初に永人に会ったの、永人の妹虐めてたからだから」