ぼくらは群青を探している

「……生きてるのは知ってますけど」

「あ、そのレベル?」

「分かった、三国、分かった。九十三も黙れ」


 蛍さんは額を押さえ、はーっ、と大きな溜息を吐いた。九十三先輩は知らん顔で「だーって永人が話す気なさそうだし。別に大した話じゃなくね?」と投げ出した足を(かかと)を支点にゆらゆらと揺らす。蛍さんは額に手を当てて瞑目したまま重苦しく口を開く。


「俺が……三国を知ってんのはだな……」

「……生き別れのお兄さんとか言います……?」

「言わねーよ安心しろ。……うちの妹がお前に世話になってんだよ」


 ……蛍さんの妹? 目の間で重苦しい顔をしている蛍さんの、その女バージョンを思い浮かべてみようとしても全く想像が働かない。というか、蛍なんて苗字、聞けば兄妹だということくらい容易に思い浮かぶはず……。


「……全く身に覚えがないんですけど、それは人違いでは……」

「……(とよ)(いけ)(さく)()つったら分かるか?」


 トヨイケサクラ……? 音を頼りに頭の中で漢字を思い浮かべる。豊池……桜、佐倉、咲良……。

 頭の中には、中学一年生のときに廊下で見た光景が思い浮かんだ。

 豊池さんは中学一年生のときに隣のクラスだった。それ以上の関わりはない。ただ、一度だけ廊下ですれ違ったときに豊池さんが転んでノートを落としたことがあった。多分数学の教科係だったのだと思う。廊下に散らばっていたのは数十冊、一クラス分の数学のノートだった。それを拾って手渡した。


「……中学一年生のときに隣のクラスにいた女子……」


 ただ、それだけだ。私と豊池さんの関わりは、豊池さんがノートを落とした、だから私が拾った。そんな、たったの一分かそこらの関わりがあるだけだ。


「マジ? その程度なの?」

「その程度だろつったろ」

「だーって永人の自虐つーか、兄貴だから友達いねーとか言ってるんだと思ってた。マジで友達じゃなかったんだ」

「……あの、話の流れが見えないんですけど……?」


 そもそも蛍さんの妹なのに苗字が豊池なのは──と口に出そうとして(つぐ)んだ。雲雀くんのことが思い浮かんだからだ。そして、夏祭りで群青のOBを騙った二人組の話を信じるなら、蛍さんのお父さんは「DVの喫煙者」……兄妹で苗字が違うことも考慮すれば、離婚していると考えてまず間違いない。


「その豊池咲良って女子が永人さんの妹なの?」

「そうだよ。離婚してっから俺だけ蛍のままなんだよ」


 ほら、やっぱり……。ただ蛍さんだけ苗字が変わっていないというのはメカニズムがよく分からない、と首を捻っていると「離婚した後に母親が再婚してんだよ。豊池は再婚相手の苗字で、蛍は母親の旧姓だ」「……なるほど?」やっぱりよく分からなかった。ただ、おそらく、親の離婚と結婚に必ずしも子供の苗字が連動するわけではないということだろう。


「苗字変わると察するだろ、離婚したとかどうだとか。小学校低学年で一回苗字変わってっからな、また変わるなんて冗談じゃねえつって俺は変えてねーんだよ」

「そう……なんですね」

「つか苗字の話はどーでもいい。……いやどーでもよくねーけど」蛍さんは胡坐の上に頬杖をつき、その手でそのまま口元を隠して「……苗字変わって、妹だけ虐められてたんだよ」