ぼくらは群青を探している

「……そういうことされると寂しいんだよ」


 〝寂しい〟ってなに。それが寂しさに繋がる論理なんてさっぱり理解できなかったのに、なぜか、なぜかこの時だけは、桜井くんが間違いなくそう感じたということが手に取るように分かってしまった。まるで物理的距離が縮まったせいで心理的距離も縮まってしまったかのようだった。

 じんわりと目が熱くなるのを感じて、さっと俯いた。いや、そうでなくても、桜井くんの目を見ることができなかった。ほんの十数センチしか離れていないこの距離で見つめ合えば、感情の揺れを読まれてしまう気がしたから。


「……でも、心配、してくれるでしょ?」


 声が震えていた。いつの間にか目の表面で涙が揺れている。涙が出るからには感情が昂っているに違いないのだけれど、その感情の種類が分からなかった。


「……心配させてよ」

「……そんなの悪い」

「……俺と英凜の仲じゃん」


 そんなこと言ったって、他の人よりちょっと仲が良いだけの、ただの友達でしょう? 私は胡桃とは違う。桜井くんにとって特別じゃない。そんな人に余計な心配をかけたくない。

 目一杯溜まっていた涙が、耐え切れずに頬を伝った。パチパチと瞬きするとそのまま頬を流れ始める。その、涙が走った線上を桜井くんの親指が拭った。同時に別の指にほんの少し顎を持ち上げられた。それでも上を向くほどでなく、ただ、まるで覆いかぶさるように私を見下ろしていた桜井くんが、いつの間にかその重心を下げていて、視線が交錯(こうさく)した。ドクリと心臓が揺れる。

 なに──と声を出そうとした瞬間だった。


「……お前ら何してんだ」


 その声に、特段早くも遅くもなく首を動かした。パチパチと瞬きすると、目に残っていた涙が落ちて、視界がクリアになった。頬に触れていた指はいつの間にか離れていた。

 視線の先には、さっきまで声しか聞こえていなかった蛍さんが立っていた。休みの日にコンビニにでも出てきましたと言わんばかりのグレーのスウェットに謎のロゴ入りのティシャツと黒いアウター。いかにもオフモードで、最近の蛍さんでいえば、勉強中に上着だけ羽織って出てきましたと言われても納得する。

 いや、そんな服装なんてどうでもいいのだ。蛍さんはまるで妙ちきりんなものでも見つけたかのように眉間と目元に皺を寄せて私達をじろじろと見ている。


「……永人さ──」

「つか三国泣いてんじゃねーか」


 そして舌の根も乾かぬうちに、歩み寄ってきた蛍さんの視線が私を見、次いで桜井くんを睨んだ。

 きっと、私達の姿勢も悪かった。まるで桜井くんが私を社に追いつめるかのような姿勢のまま固まっているし、トートバッグも地面に投げ出されたかのように転がっている。蛍さんの目の色が変わったのを見ればあらぬ誤解を生んだことは明白だった。バキボキバキッとその拳がとんでもない音を立てるのが聞こえ、ヒッと私は一人で体を小さくする。


「よし桜井、お前そこに直れ」

「待って! 誤解! 俺が泣かせたわけじゃ──……いや俺が泣かせたんだけど、いや待って! なんかよからぬ想像されてる! 本当に誤解!」


 壁から手を放して諸手(もろて)を挙げた桜井くんが胸倉を掴まれるまでそう時間はかからなかった。蛍さんはまるで(やから)のように (いや不良なんだけど)桜井くんの胸倉を掴んだまま揺さぶり「あ? 何がどう誤解なんだ言ってみろ」「本当だもんー、誤解だもんー」参ったように嘆く桜井くんのこめかみを拳で小突く。