……赤倉庫から助けてもらった後、蛍さんから微かに煙草の臭いがした。その話を、雲雀くんは「多分能勢さんだ」と話した。蛍さんが煙草を嫌いだというだけで、群青にも喫煙者はいる、と。
でも、じゃあ、〝三年生で群青のトップの蛍さん〟の隣で煙草を吸う人は?
能勢さんは蛍さんの隣で煙草を吸わない、それは一応後輩だから、それが後輩としての礼儀だから。
でもきっと、新庄はそんな礼儀なんて持ち合わせていない。新庄なら、蛍さんの前で煙草を吸っていても何もおかしくない。
「なに、どうかした?」
「……いえ……能勢さんって、私達から見たら先輩なんで……意外と後輩っぽくしてるんだなって……」
「はは、まあね。二年生って、一年から見たら先輩なのに三年から見たら後輩だから。ちょっと不思議だよね」
あの日、赤倉庫に来る前、蛍さんって誰かに会ってましたか? ――そう訊ねたいのはやまやまだったけれど、能勢さん相手にそう口にするのは諸刃の剣だった。こんなところで急にその話を持ち出せば、蛍さんと新庄の関係――ひいては能勢さんと新庄の関係を疑っていると気づかれる。
「じゃ、ま、ありがとね。この後騎馬戦だから助かったよ」
まるでドーピングを済ませることができたかのように、能勢さんは悠々と立ち去った。お陰でそれ以上のことを聞くことも、探ることもできなかった。
青組のテントの下へ戻ると、これから始まる三年男子学年競技で盛り上がっていた。これからのプログラムは三年男子学年競技、三年女子学年競技、男子騎馬戦、教員選抜リレー、色別対抗リレーとなっている。花形競技が集中しているせいか、前方は観戦を待ち望んでいた人達で固まっていた。この調子じゃ、テントの下から観戦することはできなさそうだ。仕方なくテントから出て、全体を見渡せそうな位置に陣取る。日が当たるせいで周りには誰もいなかった。
「えーりっ!」
その両肩をガシッと背後から掴まれたかと思うと、にこっと笑みを浮かべた胡桃が私を見上げていた。体育祭も終盤に差し掛かって、大抵の子は髪も肌もくしゃくしゃなはずなのに、胡桃の髪はいつものサラサラのツインテールのままで、いつもの薄化粧も全く崩れていない。
ああ、やっぱり、胡桃は私と違って特別な美少女なんだなと痛感する。
「……なんか、久しぶりだね」
「だって英凜、ずっと噂になってるんだもん。あたしが話しかけに行ったら『なんて言ってた?』って余計に聞かれるんじゃないかと思って。みんなが三年競技見てる間がチャンス」
確かに、胡桃なら何か聞き出せるんじゃないかと思う人は多いかもしれない。そして三年の棒倒しは目を離せない激しい《《戦》》《《い》》だろうから、その読みもきっと正しい。私もみんなと同じようにグラウンドの中心へ視線を向けると、赤色のテープの貼られた棒に蛍さんが上っているところだった。
「あ、蛍先輩とか見たい? 前行く?」
「……ううん、ここからでも見えると思ってここに来たから、大丈夫」
「今年は絶対赤組だよねー。赤組に運動神経いい人が集中してるんだって」
私が知っているのは蛍さんと九十三先輩くらいだ。ただ、ほんの十数センチほどの直径しかなさそうな棒の上に立つ蛍さんを見れば、その運動神経の良さは分かる。手で押さえながらとはいえ、あんな不安定なところに留まれるわけがない。私なら上に立つだけで精一杯だ。
「で、ごめん、あたしも例の噂のことはすっごく聞きたいんだけど」コソコソと胡桃は私に耳打ちして「侑生のことフッたって本当?」
でも、じゃあ、〝三年生で群青のトップの蛍さん〟の隣で煙草を吸う人は?
能勢さんは蛍さんの隣で煙草を吸わない、それは一応後輩だから、それが後輩としての礼儀だから。
でもきっと、新庄はそんな礼儀なんて持ち合わせていない。新庄なら、蛍さんの前で煙草を吸っていても何もおかしくない。
「なに、どうかした?」
「……いえ……能勢さんって、私達から見たら先輩なんで……意外と後輩っぽくしてるんだなって……」
「はは、まあね。二年生って、一年から見たら先輩なのに三年から見たら後輩だから。ちょっと不思議だよね」
あの日、赤倉庫に来る前、蛍さんって誰かに会ってましたか? ――そう訊ねたいのはやまやまだったけれど、能勢さん相手にそう口にするのは諸刃の剣だった。こんなところで急にその話を持ち出せば、蛍さんと新庄の関係――ひいては能勢さんと新庄の関係を疑っていると気づかれる。
「じゃ、ま、ありがとね。この後騎馬戦だから助かったよ」
まるでドーピングを済ませることができたかのように、能勢さんは悠々と立ち去った。お陰でそれ以上のことを聞くことも、探ることもできなかった。
青組のテントの下へ戻ると、これから始まる三年男子学年競技で盛り上がっていた。これからのプログラムは三年男子学年競技、三年女子学年競技、男子騎馬戦、教員選抜リレー、色別対抗リレーとなっている。花形競技が集中しているせいか、前方は観戦を待ち望んでいた人達で固まっていた。この調子じゃ、テントの下から観戦することはできなさそうだ。仕方なくテントから出て、全体を見渡せそうな位置に陣取る。日が当たるせいで周りには誰もいなかった。
「えーりっ!」
その両肩をガシッと背後から掴まれたかと思うと、にこっと笑みを浮かべた胡桃が私を見上げていた。体育祭も終盤に差し掛かって、大抵の子は髪も肌もくしゃくしゃなはずなのに、胡桃の髪はいつものサラサラのツインテールのままで、いつもの薄化粧も全く崩れていない。
ああ、やっぱり、胡桃は私と違って特別な美少女なんだなと痛感する。
「……なんか、久しぶりだね」
「だって英凜、ずっと噂になってるんだもん。あたしが話しかけに行ったら『なんて言ってた?』って余計に聞かれるんじゃないかと思って。みんなが三年競技見てる間がチャンス」
確かに、胡桃なら何か聞き出せるんじゃないかと思う人は多いかもしれない。そして三年の棒倒しは目を離せない激しい《《戦》》《《い》》だろうから、その読みもきっと正しい。私もみんなと同じようにグラウンドの中心へ視線を向けると、赤色のテープの貼られた棒に蛍さんが上っているところだった。
「あ、蛍先輩とか見たい? 前行く?」
「……ううん、ここからでも見えると思ってここに来たから、大丈夫」
「今年は絶対赤組だよねー。赤組に運動神経いい人が集中してるんだって」
私が知っているのは蛍さんと九十三先輩くらいだ。ただ、ほんの十数センチほどの直径しかなさそうな棒の上に立つ蛍さんを見れば、その運動神経の良さは分かる。手で押さえながらとはいえ、あんな不安定なところに留まれるわけがない。私なら上に立つだけで精一杯だ。
「で、ごめん、あたしも例の噂のことはすっごく聞きたいんだけど」コソコソと胡桃は私に耳打ちして「侑生のことフッたって本当?」



