ぼくらは群青を探している

 正確には蛍さんに元カノがいて、パティスリープリティに行かなかったことのほか種々の不満の積み重ねにより別れるに至った、それにもかかわらず私が入学したことで愛人の存在が別れの原因になったと言われている、ということくらいしか知らない。この状況に(かんが)みて蛍さんの元カノだと考えただけで、フルネームなんて聞いたことがない。

 でも「へーえ、そう?」と低い怖い声を出されたので多分信じてもらえてない。腕を組み片足に体重をかけて立つ、その状態は臨戦態勢とでも呼ぶべきだ。


「三国さん、いつから永人の愛人やってるの? 中学何年?」

「いえ愛人をやった覚えはないです」

「いやいつからって聞いてんだけど」

「いえ愛人をした覚えがないと言っているんですけど」


 ああ、マズい、日本語の不自由な人だ。この場をどう切り抜けるか、背筋を冷や汗が流れ始めた。蛍さんも、どうせ付き合うなら数学のできる人か言葉の通じる人にしてくれればいいのに。

 チッ……と舌打ちでもしそうな顔つきで、蛍さんの元カノさんは苛立ち任せに視線を投げてくる。でも本当に愛人なんてしてないので勘弁してほしい。


「……蛍さんに、問いただしてみたらいいんじゃないですか。そうすれば私が愛人じゃないって分かると思うんで」

「愛人はみんなそう言うんだけど」


 ……それはそうかもしれない。ちょっと納得してしまった。ただ、蛍さんの元カノさんは「みんな」と一括りにできるほど愛人に会っているのだろうか。そうだとしたらかなり恋愛運がないか妄想癖が激しい。


「……ちなみになんで私が蛍さんの愛人だと思うんですか?」

「は? アンタみんなが言ってるの聞いてないわけ?」


 ……ついさっき先輩達の前で鬱憤(うっぷん)を晴らしていてよかった。さすがの私も、蛍さんの元カノさんに皮肉をぶちまける勇気はなかった。


「……みんなが私のことを蛍さんの愛人って呼んでるという話は何度か聞いたことがあるんですけど、蛍さんの愛人をやった覚えはないので……いつから愛人やってるのと言われると、やってないとしか答えようがないです」


 はぁー、とまるで言い聞かせるためかのような大きな溜息を吐かれた。心底呆れているか心底怒っているか、そのどちらかだった。


「……永人と別れたあたしがどうこう言うことじゃないんだけどさあ、永人の愛人やっといて、気に入った同級生がいたら乗り換えようかなっていうその根性が気に食わない」


 そんな根性は私にはない……。私の感覚でいえば、そんな所業をできる子は稀代(きだい)の悪女だ。


「……両方ともした覚えがないので、ちょっと、何を言われているのか」

「だからさあ、その根性が気に食わないって言ってるんじゃん。別に愛人だから殴ってやるとか言ってるわけじゃないじゃん、正直に言えば許さなくもないのに、なんでそうやって嘘吐くわけ?」


 どうしよう……話が全然通じてない……! 会話の内容は「あなたは蛍さんの愛人ですか?」「いいえ、違います」というだけの、中学一年生でも英語に訳せるくらい至極単純明快なものだ。それなのになぜか全く通じない、その状態に頭が混乱してついていかない。


「えっと……その、なんで私の言うことが嘘だと言うのかが分からないんですけど……」

「じゃ、本当に愛人やったことないわけ?」

「ないです、本当にないです。だって愛人って、第二の恋人とかそういうのですよね、浮気相手みたいな。私、そもそも蛍さんの存在を知ったのが高校に入ってからなので……」

「フーン」