ぼくらは群青を探している

 何がなんだか分からないまま、両手を両手に掴まれ、そのまま浴衣の(えり)に宛がわれた。よく分からないまま、雲雀くんに「右は左、左は右に引っ張れ。……んで右は左の下に突っ込む。帯の内側から」と指示され、よく意味が分からないままに従った。手を動かしながら自分の胸元を見下ろしていて、まるで下手な着付けをされた浴衣のような光景があることに気が付いた。


「え……っと……?」

「んでこっち。同じように引っ張って、右側は下に入れろ」


 ゆっくりと、帯から下の浴衣に手を伸ばす。右手で持った裾を左側の裾の中に入れるとき、自分の手が太腿に触れた。

 途端、さっきまでの自分が何をされていたか気付いた。


「英凜」


 (すそ)を持つ手が震え始めた。そうだ、さっきの男、新庄と同じだ。新庄と同じ、あの下劣(げれつ)な顔をしていて、そしてあの下劣な顔が意味するのは、それは。


「英凜、俺を見ろ」


 再び両頬が雲雀くんの両手に掴まれた。セリフのとおり、雲雀くんの顔が目の前にある。鼻先が付きそうとまでは言わないけれど、息がかかりそうなほど近くにあった。その状態になって初めて、自分の口から短く、速く、そして荒い呼吸が漏れていることに気が付く。


「お前に手を出したヤツはもういないから。落ち着け」


 喋るために動く、その唇の気配が唇に伝わってきた。


「え、っと、あ、でも、」


 だめだ、目から、光景が、写真が、()がれない。

 浅黒い肌の男。私の体の二倍はある男。力は三倍はありそうな男。


「英凜、大丈夫だから」


 体を押さえつけられた瞬間に、脳神経に「敵わない」と直接叩きこまれ、そのまま信号が全身に巡ってしまったかのように、体が諦めざるを得なかったほどの力の差。腕一本で全身を押さえつけることができる圧倒的な力の差。

 その圧倒的な力による、蹂躙(じゅうりん)。眼前に広がった下劣な笑み。その笑みを写しとったかのように、胸のふくらみの上を動く、知らない手。


「大丈夫、ちゃんと俺を見て」


 乱暴に脱がされてはだけた浴衣。浴衣を着ていれば広げられるはずのない足が持ち上げられ、無理矢理開かされたときの角度。その足に近付いた顔。


「俺はなにもしない。ちゃんと息しな」


 はっ、はっ、と自分の呼吸音が聞こえる。自分でも正常な呼吸でないことが分かる。胸に手を当てなくても動悸(どうき)が速いと分かる。力を入れないと手が震えてしまうことが分かる。

 頬から体温が離れた。


「え……」


 途端にその怖さが論理も理屈もなく頭を襲ったから、きっと私は一瞬で不安な顔をしたのだと思う。宙にある雲雀くんの手が行き場を悩むように止まった。

 ゆっくりと腰の上に、背中に、腕が回る。背中に、肺の後ろを、温かい手が押さえる。肺の前を、温かい体が塞いだ。


「息、吐きな。吸わなくていい、まず吐いて」


 ティシャツと浴衣と、厳密にいえばさらし越しの体温。あえて夏の夜に求めるものでもないのに、それがないと震えが収まりそうになかった。肺から吐き出す息が震えている。


「ゆっくり、そう、そのまま、ゆっくりでいい」


 震えを撫でるように、背中の手のひらが動く。その体温を感じながらも、まだ肺が震えている。


「吐いたら、吸って。それもゆっくりでいいから」