「蝶乃さんはいかがですか?」
「そうねー、好きな作家を空白で答えたことかしら。確かに部屋でも見たことなかったけど、小説は読まないなんて知らなかったわ」
「そういう自分だって小説は読まないだろ?」
「誰かが作ったお伽噺ってつまらないじゃない。荘子でも読んでるほうがよっぽど有意義だわ」
「恵子の存在も知らなかったヤツがよく言うぜ……」
ボソッと横から桐椰くんが口を挟んだ。私が目をぱちくりさせれば、蝶乃さんがマズイことでも言われたかのように慌てて私達に鋭い視線を寄越す。桐椰くんは馬鹿にしたように笑った。
「例によって生徒会勧誘をされてるときにな、急に最近荘子にはまってるの、なんて言い出したことがあったんだよ。だから恵子の問答は俺も好きだぜって返したら、恵子じゃなくて荘子の話をしてるのよ、馬鹿なの?なんて言い出しやがったからな。覚えたての知識をひけらかしたかっただけの馬鹿はどっちだよって図星ついちまったことがあるんだよ」
「ぷっ」
荘子が云々と語るのなら『知魚楽』を知らないわけがない、完全に知ったかぶりだったということだ。プライドの高い蝶乃さんらしくて思わず吹き出した。蝶乃さんにとっては幸いにも、桐椰くんの声はマイクに届かなかった。お陰で観客がその話を知ることはなかったけれど、蝶乃さんの顔が怒りと恥ずかしさで真っ赤になっているのだけがモニターの一部に映り、観客の一部が首を傾げている。多々羅さんは聞こえていたらしく、くすっと笑うのが見えた。
「では、お次は御三家ペアに訊いてみましょう。お二人は出会ってまだ一ヶ月くらいですよね? 付き合って間もなくBCCに出場したことになりますが、いかがでしたか?」
「……まぁ、さっきの生徒会ペアの話に関連するなら、存外小説の趣味が合うんだなって思ったくらいだな」
「なるほど! 因みにお二人共通の好きな作家は?」
「夏目漱石」
「渋いですね~! やはり『坊ちゃん』でしょうか?」
「いや、半分大衆化してるけど、『こころ』だな」
一日目以来その話題に特に触れもしなかったけど、桐椰くんは本当に夏目漱石が好きらしい。淀みなく、ただ淡々とイエスと言うだけのように答える。
「情景は現代と違うのに、今でも評価される内容と書きぶりってのが本当にすげぇと思うし。人の心は、科学と違って他人の成果になんて肖れない、個々人が積み上げて成長していくもんだって感じが好きだから」
ポポポポン、とスピーカーから立て続けに音がした。のろのろと振り向けば、御三家のポイントが五九〇〇点まで上昇している。
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