それから数十分、優実も他のクラスを回ると言っていなくなって、私はまた洗い物が溜まったので臨時調理場まで運ぶ準備をする。多分あと二、三往復したらシフトが終わる頃だろう。確かシフトが終わったら御三家のアジトに行けばいいんだっけ……。コンテスト中のことを一度確認して、その後は私の変身タイム。ハードスケジュールだなぁ、と少し渋面で首を傾けながら教室の扉を開けると――ざわっと喧騒が大きくなった。正確には廊下にいた女子が一斉に色めきだったところだった。なんだなんだ、と周囲を見回すと、女子の塊が一瞬にして形成されたところだった。
「かっわいー! 桐椰くんの弟?」
「何歳?」
「……中学三年」
「やだ可愛いっ! うちの喫茶店寄ってかない?」
「おい一々答えなくていいんだよ」
「遼が引き留められるのが悪いんだろ」
「学校で名前呼ぶなって言ってんだろ!」
……桐椰くんとその弟……。私と遭遇したら桐椰くんも困るのでは、と食器を両手に抱えて顔を引きつらせていると、その塊が割れて騒々しさの原因が現れた。桐椰くんより少しだけ小さくて華奢で、年相応に幼い。水色のシャツ一枚に細身の黒いズボン。髪は黒くて、それなのに両耳にピアスがついている。その顔は不機嫌そうで、桐椰くんを幼くしたような顔立ち。それが意味するのは――。
「弟は可愛いじゃん……!」
まるで桐椰くんから横暴さをなくしたような容姿。愕然として見入っていると、気が付いた桐椰くんがゲッと苦虫を噛み潰した。目だけで「見つかる前に早くどっかいけ」と訴えてくる。確かに私も期間限定の彼女だなんて紹介されるのは気まずい。でもこの距離でそのテレパシーはもう遅い。
「あ、遼のクラスじゃん」
いち早く、桐椰くんの弟が気付いてしまった。クラスを見つけただけではなく私を見ている。それもそうだ、二年四組から出てきたんだから。私と桐椰くんは硬直し、気付いてない桐椰くんの弟が寄って来る。弟とはいえ桐椰くんより少し背が低いだけの、中学三年生だ。私が見上げるくらいの身長差はあった。
「あの、ここって二年四組の和風喫茶ですよね」
「あ、えーと、はい、そうですね、」
「おい遥、先に別のところ回るぞ」
よりによってコイツに話しかけやがって!という桐椰くんの叫びが弟くん――遥くんの肩を掴んだ手から伝わってくる。



