| (.)
「……あのさ」
「んー?」
「……お前、幕張匠のこと知らないって言ったよな」
「うん」
また幕張匠の話、か……。聞きたくないと意識すればするほど聞いてしまう。
「マジで、どうしたのか知らねぇのか」
「知らないよ」
「……噂くらいなかったのかよ、どこの高校行ったとか、引っ越したとか、働き始めたとか」
「知らないよー。だって学校にもいないんだもん」
視界の外の桐椰くんが無言になった。諦めたのだろうか? なんて悠長なことを考えていると、ぬっとソファの上に桐椰くんの顔が出てきた。
「……一つだけ教えろ」
「なにを?」
「お前と幕張匠の関係」
ぱちくりと、ソファに寝転んだまま目を瞬かせた。
「関係って?」
「……お前、幕張匠と付き合ってたのか?」
思わぬ角度からの質問に、ふ、と笑ってしまった。桐椰くんはしかめっ面だ。
「なんで笑うんだよ」
「ううん……。なんで今更そんなこと言うのかなって」
姿勢を変えないまま「誰かに聞いたの?」と静かに尋ねると、桐椰くんはバツが悪そうに唇を噛む。
「……笛吹の無名役員が、そういう話をしてたんだよ」
「そういう話って?」
「……お前は、幕張匠の彼女だったって噂があるヤツだってな」
「……なんでそんなこと知ってるんだろうね、あの人達」
「……お前に仕返しかなんかしようとしてたらしいぜ。抵抗されたからとかなんとか言ってたけど」
ふふ、と今度は別の意味で笑ってしまった。理不尽な発想だ。あのままいけば私は何をされたか分からないし、そうでなくても首を絞められてたのに、ちょっとお腹を蹴ったくらいで仕返しだなんて。むしろ、あの人たちのことを先生達に告げ口さえしなかったんだから感謝してほしい。



