第一幕、御三家の桜姫


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 松隆くんは特に表情を崩すことはなく、寧ろ挑むように笑みを深くした。


「それ本当?」

「本当だよ」

「顔も覚えてない相手で実は遼でした、なんてオチじゃないよね」

「違うよ」


 少しだけ息を吸う。関係は断絶されていて、もう何をしたってどうにもならないのに……、私はまだ、未練がましくあの人を好きだ。


「名前も顔も知ってる。今どこにいるのかも知ってる。普通に、ごく普通に知ってる人だから」

「……そう」


 松隆くんは口を開いた直後少し迷ってた。多分「それは幕張匠?」とでも訊きたかったんだろう。でもきっと、私が桐椰くんにも月影くんにも知られたくないと話したから不用意にその名前を出さない。


「分かったら私が遼くんを好きだなんて思い込むのやめてよ」

「はいはい、ごめんって。そんな真顔にならなくても」


 普段怒らない子が怒ると怖いんだ、なんて松隆くんはおどけてみせた。


「ただひとつ教えてよ」

「何を?」

「本当を見せないのが得意ですとばかりにいっつもへらへらしてるくせにさ、そんな顔するって、桜坂の好きな人はどんな人なの?」


 どんな人、だろう。


「それは容姿?」

「なんでもいいけど、どんな?って訊かれたときの典型の答えはあるだろ?」

「優しくて背が高かったよ」

「……そう」


 表情には出さなかったけれど、その返答は不服そうだった。


「……桐椰くんには似てないよ」


 だから付け加える。松隆くんはちょっとだけ眉を吊り上げてみせた。


「顔もだけど……雰囲気も喋り方も全然違うよ。桐椰くんみたいにパーカー着てたり横暴だったりもしない。それに多分、桐椰くんのほうがずっとお人好(ひとよ)しだよ」

「お人好し……」

「だって、付き合ってるってだけで蝶乃さんを守ってあげるんでしょ。その身をなげうって」


 それが蝶乃さんの嘘だと分かった今でさえ、桐椰くんは蝶乃さんを本気で見捨てることはできないんだろうと思う。


「あの人はきっと、もう私を助けてくれないから」