ファントム・ペインには鎮痛剤が効かないらしい。

 こまった話だ。おれは今になっても、彼女の痛みを取り除いてあげられない。むしろおれは、彼女のファントム・ペインのトリガーだ。


『詠、むかえにきて』

「どこで飲んでたの」

『わかんないー』

「位置情報送れって」


 夜中、睡から電話がかかってきた。おれが毎晩、睡の安否確認をする習慣を逆手にとって、この頃の睡は、飲み会の帰りにおれに連絡をするついでに、「迎えに来て」とわがままを言う。

 人遣いが荒いなと思ってはいるが、頼られることはべつに嫌じゃない。ぜんぜん嫌じゃないのに、自分の気持ちを知られるのがどうしようもなくおそろしくて、いつもつめたく振り払うような態度をとってしまう。


 死にたがりの睡を現世に留めるために、おれはあのときからずっと、彼女を気にかけるようにしていた。

 だが、彼女が死なないことを確認するおれの本当の目的は、彼女の気持ちを知ることだった。

 あの手紙には、「睡はもともと詠のことが好きだった」と書かれていた。だが、あのときも今も、睡はずっと零のものだった。高校のときだって、彼女はずっと零のとなりで笑っていたし、いまだって口を開けば零の話をする。おれのことはむしろ嫌っていそうだ。

 おれが睡に対して、へんな期待を持ってしまったのは零の手紙のせい。もしかしたら、という歪んだ下心を抱きながら、おれは微かに夢見睡を愛し続けている。ね、不健康でしょ。

 だけど同時に、間接的に零を殺して、おれの家族をぐちゃぐちゃにした彼女に、そして、いつまで経ってもこちらに振り向いてくれない彼女に、すこしだけ憎しみも感じていた。愛と憎が混じり合う関係のなかで、それでも彼女から離れられなかった。


 零が睡に充てた手紙のことを、おれはまだ睡に話していない。手紙はおれがまだ持っている。睡は知らなくていい。おれだけが、この歪んだ三角関係で優位に立ちたいからだ。