そのとき、はっと我に返った。

 彼女が生きている可能性があった。彼女の右手に触れると、体温がある。

 ていうか、夢見睡が死んでいるなら、零が手紙なんかを残す理由はない。そうだ。彼女は生きているはずだ。たしかに零は出血しているけれど、彼女に外傷はない。


「おい、起きろって」


 強めに彼女の身体を揺さぶる。死んだように眠っているから勘違いしてしまったが、夢見睡は死んでいない。なんという不幸だろう。

 彼女の瞼がゆっくりと持ち上がる。


「れ、い……?」

「全然似てねえだろ」


 おれのことを零に間違えられたことが腹立たしかった。この女の世界におれがいないことの何よりの証拠だ。

 さっき手紙を仕舞ったのとは反対側のポケットからスマホを取り出す。やっと意識がこちら側に降りてきて、部室で待たせている友人のひとりに電話をかけた。


「もしもし、おれだけど、今すぐ先生呼んで。図書室の奥の部屋。人が倒れてる」

『は、なにおまえ、急に』

「零が、息してない」


 スマホの向こうの言葉など頭に入らない。おれの意識は、自分の手の中で曖昧とした意識を抱える夢見睡だけに向けられている。

 だが、不幸はこれだけじゃ終わらない。彼女の視線が、自身の左手の先に向いた。


「零、おいていかないで。あたしもそっちに、いきたい」


 目の前が真っ黒になる感覚。彼女は自分を救った男より、自分を置いて行ってしまった男の後を追おうとしていたのだ。彼女の眼中に、おれはいなかった。

 神様はきちんと、おれの愚かさを見抜いている。