夢見睡からのじっとりとした視線に心臓を射抜かれたのは、高校1年の秋のことだった。
ほんとうに些細なことだった。その日は薬物濫用防止の啓発ビデオを見るだけの、なんの意味もない全校集会があった。
配布された感想用紙にコメントを書いて提出しなければならず、体育館には筆記用具を持参する必要があった。シャープペンシル1本だけをポケットに忍ばせて体育館にやってきたところまではよかったが、友人とじゃれあってふざけているうちに、気がついたらポケットに入れていたはずのシャーペンがなくなっていた。
「今在くん。これ、落としましたよ」
そのとき、おれのペンを拾ってくれたのが彼女だった。夢見睡、という名前だけは知っていた。だって、眠るのがすきそうな、変わった名前だったから。
規定の丈のスカートに、そろそろと音を立てないような歩き方をする彼女と話したのは、それがはじめてだった。
おとなしそうだけど、よく見るとパーツ配置は悪くなくて、人工的じゃない、清廉な顔つきがそこにあった。なのに視線はじっとりと湿っぽくて、そのギャップがなんだか変な印象だった。
ありがとう、とよそ行きの笑顔を向けると、彼女は会釈を返して自分のクラスの列へと戻っていく。
おれは元来、派手な女がすきだと思っていた。近づいてくる女の子も、実際に付き合う女の子も、くちびるを赤く染めて、甘ったるい匂いをこぼしながら、べたべたと触れてくるタイプの子が多かった。
だから余計に、へんな感じがした。夢見睡に一目惚れをした、というわけではないと思うけれど、純潔そうな顔と湿った瞳のギャップが、なぜか神経細胞をずくりと刺激したのだ。ほんとうに、どうして。


