涙の流星群

 本日二度目の温泉に入ったあと、部屋に戻ったぼくは姉に電話をした。
 二度目の呼び出し音の途中で、姉は電話に出た。

「もしもし、翔? あんたさ、今――痛っ」

 何かにぶつけたのか、姉は苦しそうにうめき声を上げた。

「姉さん、大丈夫?」

 ぼくが姉を気遣うと、姉は「大丈夫よ、翔。姉さん、ちょっとドジを踏んじゃってね……お父さんから借りたパソコンを壊しただけだから、大丈夫」となんでもなさそうに笑った。

 なるほど、全然大丈夫ではないな。

「そっか。父さん、姉さんのことを許してくれるといいね」
「うん。あたし、ちゃんとお父さんに謝るね。
 パソコン以外にも、マウスとUSBメモリを水没させて壊したことも……あ、それとそれと、お父さんに『デブ』って暴言を吐いたことも……何もかも全部」
「…………」

 ぼくは舌を噛むことで、姉の衝撃的な言葉を忘れようとした。

「ところで姉さん、さっきは何を言おうとしたの?」
「あぁ、そうそう。あんたさ、今話せる?」
「話そうとしなければ、そもそも姉さんに電話なんてしないよ」
「それならよかった。
 ――あのね、あたしの悪友の近況の話なんだけど……翔ったら、聞いてくれる?」

「もちろん」とぼくは威勢のいい返事をしたけれど、その話、本当は聞きたくなどなかった。
 どうせまた、彼女の酒癖が悪くて……という話なのだろう。

 半ばうんざりとするぼく。
 おそらく、姉もうんざりとしているのだろう。
 もちろん、悪友に対してだ。

「あたしの悪友……如月(きさらぎ)エリナはね、ビールが好きすぎて幻覚症状があるんだって。
 なんかね、ビールが『金をくれ』って言うらしいよ」
「……それ、本当の話?」

 にわかには信じがたい話だったので、思わずぼくは姉に訊いてしまった。
 しばらくのあいだ、姉は無言になる。
 やがて、姉は「みたいよ」と苦々しそうに肯定した。

「でね、大学でもエリナは幻覚症状があって、教授やあたしたち学生はマジで迷惑。
 だからあたし、エリナにお金を貸してあげたの」
「げっ、なんだってそんなことを」
「しょうがないでしょう? あいつが騒ぐと、まともな講義になりやしないんだもん」
「分かったよ。……で、いくらお金を貸したって?」
「四万円」
「ぎょえっ」

 思わず、ぼくは素っ頓狂な声を上げた。

 四万円。
 高校生のぼくからしたら、それは大金だ。

 そのとき、姉が不気味に笑い出した。

「ね、バカでしょう? あたし、すっごくバカでしょう?
 友人を助けたいっていう気持ちもあって、お金を貸したんだけど……裏切られた」

 こちらがビクッとしてしまうほど、急に姉は感情をなくし、かつ声を低めた。
 かと思えば、姉は一気に怒りをぶちまけた。

「本当、ふざけている。あれ、演技だったんだって。エリナの奴、そういうウソでお金がもらえると、本気で信じていやがった。
 そうだよ、あたしはあいつにお金を貸したよ。そしたら、そのお金は返ってこなかったよ。
 それどころか、あたしがエリナにお金を貸すと、あいつはあたしのお金でビールを買って飲んで、すべてを忘れやがった。
 ねえ、どうしてくれるのよ。あたしの四万円、返してよ!」

 ここまで聞いて、ようやくぼくは姉が正気を失っていることに気付いた。
 すぐさまぼくは電話を切った。

 …………。

「どうした、翔? 顔が真っ青だぞ」

 隣のベッドであぐらをかいていた徹は、そうぼくを気遣った。
 もちろん、ぼくは何も言葉を返せなかった。