涙の流星群

 昼過ぎ。

 ぼくらは富陣(ふじん)インターチェンジで通行券を受け取ると、そこから中大(ちゅうだい)自動車道という高速道路に入った。

 様々な車(時折、オートバイ)がスピードを上げ、爽快なまでに次々と走行する高速道路は、ぼくが愛する風景のひとつだ。
 現在走行中の下り線では、忙しなく車やオートバイの順番が入れ替わり、それとは反対の上り線では、車やオートバイが流星のように流れては消え、こちらに興奮やスピード感を与えた。
 高速道路は、まさにロマンの宝庫だった。

「おっ、目を輝かせているね、少年。
 どんな発見があったのか、わたしにも教えてくれるかな」

 カビの臭いがする助手席に座り、窓から見える高速道路の風景ばかりを見ているぼくに向かって、二列目に座る遙香さんはぼくにそう声をかけた。
 一瞬、ぼくは遙香さんの声が年上のお姉さんの言葉に聞こえ、ドキッとした。

 そんなぼくの動揺が遙香さんにも伝わってしまったらしく、彼女は「ご、ごめん。驚かしちゃった?」と戸惑ったような声で、ぼくに謝った。
 ぼくが後ろを振り返ると、遙香さんは上目遣いでこちらを見ていた。
 ぼくはカッと目を見開く。

 こ、これは男をダメにし、使い物にならなくするという伝説の矢、「乙女の心臓貫通矢(ハートピアスアロー)」……!

 ズキューン。

 ぼくは胸を押さえ、いかにも苦しそうにうめいた。

「……何してんの? 翔くんったら、バカみたい」

 鼻白んだような遙香さんの声を聞き、あわててぼくは彼女に目を向けると、彼女は手元のスマートフォンをにらみつけ、何やら自分の世界に閉じ籠もっていた。

 かわいくない女だ。

 ふん、とぼくは鼻を鳴らし、けれどそれから気持ちを切り替え、今度は二列目に座る夏奈さんに目を向けた。

「どうだい、夏奈さん。ここが高速道路だよ。楽しんでいるかい?」

 ぼくの言葉を聞いた夏奈さんは、こちらが引くほどに顔を引きつらせた。

 なぜ、夏奈さんは顔を引きつらせているのだろうか。
 が、その理由に思い至ったぼくは、自分もまた顔を引きつらせた。

 自分でも、なぜこのような子どもに言い聞かせる言葉になってしまったのか、よく考えてみても分からない。
 ともかく、このぼくの言葉は夏奈さんを不愉快にさせた。

 以下、長たらしい夏奈さんのお怒りの言葉。

「きみさ、バカじゃない? ここが高速道路だよ、って……分かっているっての!
 子どもじゃあるまいし……てか、あんまりわたしを子ども扱いにすると、仏のわたしもさすがに怒るぞ、おい。
 つーか、今だったら翔くんを呪い殺せるからね。いや、ガチで呪い殺すから。
 ねえねえ、わたしが子どもに見える? そんなに子どもに見える? おい、マジでなめんなよ、この嘘つき野郎にペドフィリア野郎。わたしさ、きみのことが怖いよ。
 わたしってさ、ガチの女子高生じゃん? そんなわたしが女児に見えるとなると、それはもう病気だよ、病気。病院に通院して、治してもらいな、翔くん。
 あのさ、わたしの思い出作りもいいけど、まずは自分の病気を治すことが先じゃない?
 あとは重要な記憶をすぐに忘れてしまう病気も治してもらってね。
 治療、がんばって。
 あとさ、きみが最後に言った言葉だけど、もちろん楽しんでいるに決まってんじゃん、このカスが!」

 最後、夏奈さんは助手席の背面を強く蹴飛ばした。
 それでようやく、夏奈さんの怒りが消えたようで、彼女は龍司さんに「ねえねえ、あとどれくらいで美楽湖ホテルに着くのー?」とこちらが怖気立ってしまうほど、おっとりとした声で質問した。

 一方の龍司さんはというと、ぼくらが騒動を起こしているにも関わらず、うれしげな様子で運転していて、夏奈さんの質問にも「そりゃあよぅ、休憩を挟むとなると、あと二時間以上だな」と優しく答えた。
 夏奈さんは「了解であります」と元気よく返事をし、運転中の龍司さんに敬礼をしてみせた。

 そのとき、三列目に座る徹が「旅行、か。正直、胸が躍ってしまうな。それそれ、レッツラゴー」と陽気に声を上げた。

 ぼくは正面を向くと、クスリと笑った。

 あの徹までもが、この思い出作りの旅行に胸をときめかせている。

 たとえぼくを含めた全員が、わざと浮かれているように見せかけていたとしても、このぼくらの高揚は本物であり、嘘偽りのないものだ。
 ぼくらの高揚を見せかけだと非難する輩が現れても、きっとぼくらはぼくらのままでいられる。
 なぜなら、ぼくらは……ぼくらは仲間だからだ。

 ウソをつき、ウソをつかれている関係でも、このぼくらの友情は色褪せることはない。
 きっと、きっとぼくらはどこかで分かり合えている。
 いくら夏奈さんがぼくらを嘘つき呼ばわりしていても、ぼくらの交流が決して途絶えないのは、つまりそういうことなのだと思う。

 結局のところ、ぼくらは互いのことが好きなのだ。
 なんだかんだ言っても、ぼくらは互いのことを嫌いになれないのだ。
 嫌いになれなく、離れることもできない。

 それこそが友情。
 それこそが親友。
 それこそが仲間。

 それがぼくらだ。

 再び、ぼくは窓から見える高速道路の儚い風景を眺め始めた。
 車やオートバイが列をなして走行する様は、まるで車たちによるファッションショーみたいだ。
 不格好だが、このファッションショーにぼくらも参加していた。
 そう思えば思うほど、ぼくはこのファッションショーを一大イベントのように感じ、このビッグイベントを忘れないよう、強く記憶に刻むのだった。

 それはぼくの義務であり、必然的で必要なことなのだから。
 だから、ぼくはこの風景を忘れない。
 この仲間たちとの旅行を忘れない。
 永遠に忘れない。
 絶対に忘れてたまるものか。

 夏奈さんのことだって、絶対の絶対、忘れはしない。
 仲間のことを忘れるなど、あってはならないし、そもそも忘れるはずがないのだから。

 もう一度、断言しよう。

 この記憶、ぼくは決して忘れない。

 そのとき、車を運転中の龍司さんが、ぼくの腕を小突いた。

「覚悟ができた、って面構えだな、翔」

 ぼくは龍司さんのほうに顔を向け、わずかな沈黙のあと、力強くうなずいた。

「はい、覚悟ができました。準備オーケーです」

 龍司さんはカラカラと笑い、それから彼は車内を揺るがすほどに大きな声を上げた。

「湖畔に建つリゾートホテルが、おいらを待っているぜ。行くぜ、美楽湖ホテル」

 龍司さんは話を終えると同時に、車のアクセルを強く踏んだ。
 直後、ぼくらが乗るワゴン車は恐ろしいうなり声を上げ、最後には虎のように吠えた。
 車の速度は高速道路の最高速度ギリギリまで達し、たまらずぼくらは絶叫した。

 その後、ぼくらは恐怖で笑い出し、最後には龍司さんをきつく注意して、それでその場は丸く収まった。

 そんな具合で、ぼくらの旅行は続く。