涙の流星群

 最初は呆然。
 次に驚愕。
 最後は無。

「……姉さん、ごきげんよう。そういえば、大学はどうしたの?」

 このようにぼくが訊くと、姉は舌をペロッと出し、「えへ、海堂くんと大学さぼって、ここまで来ちゃった」とお茶目に言葉を返してきた。

 するとそのとき、姉の色気にやられたのか、勇人が胸を押さえ出し、「翔さん、これが一目惚れというものなんでしょうかね」と実に意味不明なことを口走る。

 この場に姉の彼氏の海堂さんも居合わせているというのに、なんて勇人は大胆で、おバカなのだろう。

「姉さん、それに勇人も……二人とも、今すぐに帰れ」

 ぼくの言葉に対し、すぐさま勇人と姉はブーイングをした。

「翔さん、人の恋路を邪魔するのはよくないですよ。
 人が嫌がることはしないほうがいい、そのように学校で教わりませんでしたか」
「ちょっと、翔。姉さんに向かって『帰れ』はないでしょうが。
 あたしはね、あんたたちのことを心配して、わざわざ大学を早退してきたの。
 あたしにだって、この場に居合わせる資格はあるわ」

 ぶうぶう、ぎゃあぎゃあ。

 困った。実に困った。

 と、そのとき、海堂さんが優しげな口調でぼくの名前を呼んだ。

 そこで初めて、ぼくは海堂さんに目を向けた。
 長身、それに爽やかでクールな印象を与えるシャープな顔立ち。
 想像以上に、彼は好青年だった。

「きみの気持ちは分かるけど、きみのお姉さんは本当にきみたちを心配して、ここまでやってきたんだ。
 だから、どうかお姉さんも仲間に入れてやってくれ。
 これはぼくからのお願いだ。頼む」

 海堂さんは席に座ったまま、ぼくに向かって頭を下げた。
 姉も便乗し、海堂さんとともに頭を下げ……ええい、こうなればヤケだ、ヤケ。

「どうか姉をよろしくお願いします、海堂さん」

 こうして、ぼくも海堂さんに頭を下げた。
 ぼくが顔を上げると、海堂さんと姉はきょとんとしていた。
 その後、二人は同時に笑い出す。
 その笑いが伝染するかのように、仲間たちも笑い出す。

 ぼくはというと、みんなのように笑う気にもなれず、仏頂面のまま、この場をやり過ごした。

 そんな和気あいあいとした顔合わせのあと、海堂さんは咳払いをしてから話し出した。

「もはや、天音から聞いた内容は古い情報だ。だから訊くが、現在の状況は?」

 この海堂さんの言葉には、徹がすぐに答えた。

 さすが、ぼくらの徹だ。

「現在の状況ですが、あまり芳しくはありません。
 すでに夏奈のことを、学校の教職員や生徒たちはすっかり忘れています。
 今現在、夏奈のことを覚えているのは、おそらく夏奈の親族や親友や夏奈のことを知る一部の人たち、といった範囲まででしょうか。
 ともかく、すでに『悲嘆と忘却の死者蘇生事件』は次のレベルに進んだと見なすのが、よろしいかと思います」

 海堂さんはこくりとうなずき、「状況説明、ありがとう」と徹にお礼を言った。

「よし、次は夏奈ちゃんに訊こう。
 ――夏奈ちゃん、きみはどこまで“自分の未来が分かる”のかな。
 どこまで、“自分の未来が()みえている”のかな。
 ぼくの言葉の意味、きみなら分かるよね」

 海堂さんの言葉で、場がざわつく。

 どこまで自分の未来が分かるか、視えるか、だって?
 そんなこと、分かるわけがない。
 そんなこと、視えるわけがない。

 もしも――もしも自分の未来が視えてしまうのなら、そのとき人は狂ってしまうだろう。
 それほどまでに、未来を視るということは危険なことなのだ。

 ぼくらの動揺とは裏腹に、夏奈さんは動揺などしていなかった。
 どころか、彼女は真剣なまなざしで海堂さんを見すえ、
「ええ、そうです。わたしには自分の未来が……というか、自分の“最期”が視えます。
 今のところ、未来は絶望的です。
 具体的なことは分かりませんが、おそらくわたしは遺書を落としたあとに……ゆっくりと消えていきます」
 と未来が視えることをカミングアウトした。

 ぼくらは騒ぎ立てることも忘れ、言葉を失っていた。
 けれど、そんなぼくらとは対照的に、海堂さんと夏奈さんは平然と話を続けていた。

「分かった。では、きみが消えていくのはいつぐらいなのか、分かるかな」
「それも具体的には分からないんですけど、わたしが消えていく場所は分かります。
 河川敷? だと思うんですが、空が異常なんです」
「空が異常、とは?」
「えっと、次々と夜空に光が現れては消え、そこからまた光が現れてはまた消え……そんな感じなんです」

 海堂さんは夏奈さんから視線を外し、少しのあいだ考えていたが、何かの答えにたどり着いたようで、爽快に指をパチンと鳴らした。

「そうか、分かったよ。それは三大流星群のひとつであり、八月十二日の夜から十三日の明け方まで観測できる流星雨、“ペルセウス座流星群”だ」
「流星雨、流星群、ですか」

 海堂さんの言葉に対し、夏奈さんは困惑したように眉をひそめる。

 三大流星群。
 流星雨。
 ペルセウス座流星群。

 ……思い出した。

 確か、今年のペルセウス座流星群が流星雨だとぼくに教えてくれたのは、夕方のニュース・情報番組「ニュース・ヤマト」だったはず。
 それによると、今年のペルセウス座流星群の極大日に観測できる流星数は、二〇〇一年のしし座流星群の流星の数をはるかに凌駕していて、なんと一時間に千個以上の流星が観測されるという。

 しかし、なぜ未来の夏奈さんはペルセウス座流星群がよく観測できる河川敷にいるのだろうか。
 ひょっとして、夏奈さんは遙香さんと見たペルセウス座流星群のことを思い出し、それで最期のときを、その日に選んだ……?

 …………。
 ダメだ。考えれば考えるほど、混乱していく。

 ここは海堂さんと夏奈さんの話に集中しよう。

「ああ、そうさ。夏奈ちゃんが幻想事件に遭った日から考えれば、それがギリギリのタイムリミットであり、納得のいく答えなんだ。
 一時間に千個以上の流星雨ならば、それくらいの流星が観測されても不思議ではないよ。
 よって、夏奈ちゃんの最期は八月十二日の夜から十三日の明け方前までだ。
 ちなみに、そのときのきみは誰と一緒だったのかな」
「……分かりません。けど、そこまで分かって安心しました。
 わたしの最期だけが視えるっていうのは、すごい不気味なことなんです。
 ですから、海堂さんには感謝しかありません。ありがとうございます」

 夏奈さんは涙交じりに頭を下げ、海堂さんにお礼を言う。
 海堂さんはニッと笑い、「きみが安心してくれて、ぼくも安心だ」と力強くうなずく。

 その後、海堂さんはその場にいる全員に向けて、話し出す。

「ぼくの妹、琴美もそうだったように、この死者蘇生事件はね、被害者の未来が被害者自身に視えてしまう、という特徴があるんだ。
 ぼくから言わせれば、本当に質の悪い幻想事件だよ。実に腹立たしい」

 腹立たしい、と海堂さんが吐き捨てたとき、いきなり姉が「その件だけど、あたしはあんたから琴美ちゃんの“それら”を聞いていないの。もちろん、あんたがどうやって琴美ちゃんを救ったのか、っていう方法もね。あんたさ、どういうつもり? ていうか、さっさとみんなに解決策を教えてあげなさいよ」と声を荒らげ、殺意しかないまなざしで海堂さんをにらみつける。

 ひっ、と勇人がおびえたような声を上げ、姉を凝視。

 さすが姉さんだ。
 この場で猫を被ることもできるというのに、姉はそれをしなかった。
 ぼくはそんな姉が好きだ。

 しばらくのあいだ、海堂さんはたじろいでいたが、姉の「おい」というドスの利いた声で、無事に海堂さんは敗北。

 海堂さんは姉に敬礼し、それからぼくらにこの「悲嘆と忘却の死者蘇生事件」の解決策を説明した。

「解決策だけど、それは夏奈ちゃんとの“思い出を作ること”だよ。
 たくさんの思い出を作り、それで“不完全な死をなかったことにする”わけだね。
 つまり、“生で死を打ち消す”んだ。
 ぼくや琴美の場合、一日かけてぼくらの思い出を作り、それによって生で死を打ち消し……分かりやすく言うと、ぼくは琴美を“生き返らせた”んだ。
 愚かなる時空に、琴美の存在を承諾させたんだ。
 それから少しずつ、周囲は琴美のことを思い出していってね。
 それでようやく、ぼくは思い出作りという方法が、この現象の解決策なのだと、雷に打たれたかのように気付いたんだ。
 だからね、当分のあいだ、きみたちには夏奈ちゃんとの思い出を作ってほしいんだ。
 たくさんの思い出を、夏奈ちゃんのために作ってあげてくれ。きみたち、いいね?」

 思い出を作る。
 それが夏奈さんを救う手立て――!

「はい!」

 ぼくら八人は声をそろわせ、海堂さんの助言にうなずいた。

 その後、ぼくらは「カレス」をあとにした。
 次はどこに向かったのかというと、それは――。

「行き先かい? それはね、ぼくの母方の叔父であり、きみたちの思い出作りをサポートするのにふさわしい人物、滝沢龍司(たきざわりゅうじ)さんの家だよ」

 ぼくも会うのは久しぶりなんだ、と海堂さんは懐かしそうに目を細める。

 というわけで、ぼくらは海堂さんの母方の叔父、滝沢龍司さんの家に向かった。