それから一時間後、遙香さんを除く徹たちは、ぼくの家をあとにした。

 遙香さんはぼくの母とともに、後片付けを最後まで手伝っていた。

「助かったわ、遙香ちゃん。お駄賃を用意するから、そこで待っていなさいな」
「い、いえ……結構です」

 母の言葉に困惑する遙香さんが面白くて、ぼくはクスクスと笑った。

 玄関で遙香さんを見送ろうとしたら、出し抜けに遙香さんが「翔くんさ、一緒に星空公園まで行かない?」と言い出した。
 ぼくが悩んでいると、父がぼくの肩に手を置き、「行ってきなさい、翔。遙香ちゃんはお前と二人で話がしたいそうだ」と反対の手でぼくの背中を優しく叩いた。

「いってきます」

 ぼくと遙香さんは夜の外に出た。

 星空公園には、あっという間にたどり着いた。

 遙香さんは公園に入ってすぐのブランコに乗り、控えめにこぎ出した。
 ぼくも遙香さんと同じように、ブランコに乗ってゆらゆらとこぎ出す。

 しばらくのあいだ、ぼくらは無言でブランコをこいでいた。

「……さっき夏奈がさ、『遙香の彼氏』っていう言葉を使ったでしょう?
 でもよく考えてみてよ。わたしと翔くんの交際は、みんなには秘密にしている、っていう設定だったじゃない?
 だからね、夏奈と二人きりでいるとき、あの子はわたしに謝っていた。ごめん、って必死に謝っていた」

 いきなりしゃべったかと思えば、遙香さんの話は重かった。

 ぼくが何も言えないでいると、遙香さんは静かに話を続けた。

「だからわたし、言ったの。
 あの場にいる全員には、すでに交際の件は打ち明けているよ、って……あさっての学校は翔くんとともに登校して、ちゃんと同級生にもわたしたちの交際を打ち明ける予定だよ、って言ったの。
 そしたら夏奈は安心したのか、わたしにほほ笑んでくれた。
 そのときのわたしは胸が痛くなって、思わず夏奈から顔を背けちゃった」
「……でもさ、戻ってきたときは明るい顔をしていたじゃないか。そう悪いことだらけでもないんだろう?」

 ぼくは正面を向いたまま、遙香さんに訊いてみた。
 案の定、遙香さんは「うん」とぼくの言葉を肯定した。

「別れ際にね、あさっての学校は一緒に登校できないけど、その日以降なら一緒に登校できる、って夏奈は言っていた。
 待ち合わせ場所は例の三叉路で、待ち合わせの時間は午前七時ちょうどなんだけど……えっと、要はわたしと翔くんと夏奈の三人で一緒に登校しよう、っていう話なの。翔くんもそれでいいよね?」
「もちろんさ」

 ぼくの返事を聞いて、遙香さんは笑ったような声を出した。

 またもや、ぼくらは無言になる。

 次に会話が弾むのは、それからしばらくしてからのことだった。

「翔くんはさ、卑怯者と嘘つきの共通点はなんだと思う?」

 なぜだか知らないが、遙香さんの声はいやに明るい声だった。

 思わずぼくはブランコから降りて、「その質問はなんだい?」と暗がりにいる遙香さんをじっと見つめた。
 遙香さんもブランコから降り、ぼくと向かい合った。

「卑怯者といえば、キスをするためには手段を選ばない翔くんのこと。
 で、言わずもがな、嘘つきというのはわたしのことを指すわけ。分かった?」

 おかしな顔になって、ぼくはうなずいた。
 このときのぼくはどういう顔だったのだろうか、遙香さんは吹き出してしまった。

 だがすぐに遙香さんはまじめな顔になり、「それでね」と話を続けた。

「卑怯者と嘘つきの共通点……それは“私利私欲”だと思うの。
 わたしたち、結局は似たもの同士だったんだよ。
 揃いも揃って、わたしたちは自分のために動いているクズ。いえ、そんなのはクズ以下の存在よ。
 ただ綺麗事ばかりを並べて、得をしようとしているクズ以下の存在……それがわたしたち」

 ぼくの胸がチクリと痛んだ。

 確かに遙香さんの言葉は間違ってなどいない。
 それどころか、当たってさえいるだろう。

 けれど――。

「そうさ、ぼくらはクズ以下の存在だ。存在自体が悪、それがぼくら。
 だけど、それがどうした? ぼくらは間違ったことをしているかもしれないけど、それは自分のためという理由で動いているに過ぎないんだ。
 自分をかわいがることの何がいけない? もしかしたら、それで他人が幸せになるかもしれないというのに、それをすべて否定するなんて、それこそ間違っている。違うかよ、遙香さん」

 ぼくの気迫に押されたのか、それともぼくの言葉があまりに突拍子もないことだったのか、遙香さんは呆然としていた。
 やがて、遙香さんはいつもの優しげな笑みに戻り、「そうだね」と言って夜空を見上げた。
 それに釣られる形で、ぼくも夜空を見上げた。

 きょうの夜空は星空というわけではなかったが、それでも目をみはるほどに立派な夜空だった。

 これほど広大な空なのだから、きっと彼は寛大な心を持っていることだろう。
 いや、そうでなくては困るというものだ。

 しばらくのあいだ、ぼくらはバカみたいに夜空を見上げ、ともに星空公園の一部となっていた。

「……帰ろっか」
「だな」

 ぼくらは互いにほほ笑み、星空公園をあとにした。