あの日、海に交わした約束を

 神社を出て家に帰る途中、だんだんと雲行きが怪しくなってきた。

「あっ、やっぱり降ってきちゃった……」

 夕方、天気が変わりやすいこの季節。多分、夕立だろう。

 ゴロゴロー。

 雷鳴が聞こえる。

 まだ距離は遠いもののどこかで雨宿りをした方が良さそうだ。

 確か、この辺にちょうどバス停があったはず。

 バス停まで移動したところで、スマホから着信が聞こえた。

『大丈夫? 今、どこ?』

 お母さんからだ。

『水ヶ島神社の近く。あのバス停があるところだよ』

 私がメッセージを送り返すと、

『あら、なつかしい。って、そうじゃないわよね、お父さんにお迎え頼んだ方がいいかしら?』

『うーん……多分、大丈夫だと思う。待ってて止みそうになかったら、また連絡するね』

『あら、そう? わかったわ、気を付けてね』

『うん、ありがとう』

 一通りお母さんとのやりとりを終えて、スマホ画面を閉じる。

 とはいえさっきに比べて、雨脚が強くなってきたような気がする。

 やっぱり、お父さんに頼んだ方がいいかな……。

 不安になってきて、きょろきょろ辺りを見渡していると、堤防の上に誰か立っているのを発見した。
 
 あれって――

 もしかして八城さん? 

 遠目で少しはっきりしないけれど、あの長い金髪は間違いなく八城さんだろう。

 雨の中、海の方をじっと見据えたまま彼女は傘も差さずに立ち尽くしていた。

 あんなところで、なにしてるんだろう……?

 ぞわりと胸に波風が立つ。
 
 なぜだかこのまま素通りしてはいけないような気がして、私はバス停を出るとそっと彼女に近付いた。

 多少、濡れてしまうのは、この際もう諦めた。

 背後から忍びよる私に八城さんはまったく気付く気配がない。

「八城さん?」
「わっ!?」

 私が声をかけたそのとたんだった。

 驚いてバランスを崩したのか、片足を滑らせた八城さんの体が海に向かってぐらりと傾く。

「八城さん!!」

 頭で考えるよりも先にとっさに足が動いた。

 間に合って……!

 私は八城さんに向かって手を伸ばす。

 そして、間一髪のところで彼女の腕をつかんだ――けれど、その瞬間、重力に体をぐわんと引っ張られる。

 バシャン!!

 そのまま私達は二人もろとも海に落下した。

 大量の冷たい海水が、気道に流れこんでくる。

 ヤバイ……!

 今さら自分が泳げないことを思い出して、焦りが恐怖へと変わっていく。

 このままじゃ溺れる。

 絶望しかけたその時、誰かに背中を思いっきり引っ張り上げられた。

「ごほごほっ!」

 あ、あれ……。助かった?

 激しく咳きこむ私に、となりにいた八城さんが呆れたような視線を向けていた。

「ここ、そんなに深くねぇよ。てか、足つくだろ」
「えっ……あ、ほんとだ」
 
 その場で軽く足踏みをすると、確かに八城さんの言う通り思ったよりは深くない。

 平均より低い私の身長でも、せいぜい腰の上が浸かるくらいだ。

「アホくさっ」

 見るからに不機嫌だとわかる八城さんは、そのまま自力で堤防の上まではい上がっていく。

「なんだ、一人じゃ上れねぇのかよ。まったく手間がかかるヤツだなぁ、ほら!」

 すると、突然、手を差し出され私は戸惑う。

「ぼうっとしてないでさっさとしろ。第一、誰のせいでこうなったと思ってんだか」
「えっ、いや、あの……す、すみません」

 これ以上、彼女の気を荒立たせてはいけない。私は直ちにそう判断した。

 
 文字通り八城さんの手を借りながら堤防をなんとかよじ登ると、彼女は私から手を離した。

 支えがなくなって私はちょっとよろけそうになる。

「あーあ、マジ最悪」

 不満をこぼした八城さんは、そのまま濡れたコンクリートの上に自分の腕を枕にして仰向けに寝そべった。

「や、八城さん……?」

 こわごわ私が呼びかけてみるも、彼女はじっと宙をにらんだまま黙っている。

 雨は今もまだなお弱まることなく降り続けていた。

 それに加えて海水を含んで重たくなった服が徐々に体の体温を奪っていく。

「くしゅん!」

 流石にこのままここにいたら、間違いなく風邪をひく。

 そんなことを思っていたら、不意に八城さんがすっと立ち上がった。
 
「行くぞ」
「い、行くってどこに?」
「ワタシの家だけど、なんか文句ある?」

 八城さんはだるそうに言うと、座りこんでいた私の手を引っ張って強引に立ち上がらせた。