その男の子は泣いていた。
 下町総合病院の五階にある脳外科診察室の外の廊下で。

 この子をひとりぼっちにしてはならない。
 親友との約束だ。
 全ては、わたしがまいた種。
 全ては、わたしが起こしたこと。

 わたしは、意を決して、声をかけてみることにした。

 ──たとえ自分が幽霊でも。

 だって。
 だれだって、寂しいのは嫌だろう?

 だって。
 だれだって、後ろめたいことくらい、あるだろう?

 だって。
 だれだって、ひとを好きになることくらい、あるだろう?

 だから。……だから。



「うわあ、釣り竿だぁ! いいなぁ、釣り。僕も行きたいなぁ」

 きみ……月森あおが「それ」に興味を持ったところから、この物語は始まるんだよ。

 わたしたち安西家ときみたち月森家は、仲が良かった。
 神社とお寺という、宗派(しゅうは)こそ違えど、お父さん同士が釣り愛好家(あいこうか)で、釣ってきた海の幸を互いの家で振舞(ふるま)ったりしてパーティをしたりしていた。

 そんなある二年前の五月のはじめ。
 きみとたいようは三年生になったばかりだった。

 お父さんがきみを(くら)の掃除のお手伝いに呼んだ。
 心優しくて、お友達を大切にするきみは快諾(かいだく)してくれて、我が家の社務所(しゃむしょ)の裏にある蔵に、お父さんと、たいようと、わたしと、そしてきみの四人で、蔵の大掃除をした。

 掃除を始めてしばらくして、蔵に仕舞(しま)っていたお父さんの古い釣り竿に、きみが興味を持った。
 釣りに行ってみたい。
 三年生の男の子が言うのも無理もなかった。