上町にやってきた。僕の自宅兼お寺の平坂寺(へいはんじ)がある地域だ。

 僕たちの住んでいる町は、北九州一の県庁所在地のとなりにある、田舎町。
 海にせり出した山の中にあって、漁業が盛んだ。
 少し行ったところに大きな港もある。

 そんなこの町は、上町と山を挟んで下町に分かれている。
 小さな町だから、小学校はひとつしかなくて、下町にある。
 だから、毎日小高い山を越えては、徒歩で三十分以上かけて通学している。

 ちょうどその中間地点に鳥辺野神社があって、その鳥居で、きぃ子ちゃんはいつも待っていてくれる。

 そんな僕らの町の、田んぼと住宅街の交じった細い道で、半歩先を彼女が歩く。
 百三十しかない僕と違って、百五十五センチはあるだろうか。
 背が高くてすらりとしていて。
 何より、歩く姿勢が、とても綺麗(きれい)なんだ。

 いつも手をつないで歩いてくれるんだけど、汗でべたべたな僕の手とは違って、こんなに暑いのに汗ひとつかかないひんやりとした手は、とてもさらさらで。
 僕は赤い顔を見られないかいつも心配してしまうのだった。

 と、その時。歩きながらきぃ子ちゃんが口を開いた。

「今日の『勝負」は鬼ごっこにしよう」

 鬼ごっこ? 誰とだろう。ここには二人しかいない。鬼ごっこは二人でやる遊びじゃない。

「ふふ。口裂け女と、だよ」
「えっ! 口裂け女と鬼ごっこ?」
「しいっ。静かに。もう彼女のテリトリーに入っているからね?」

 きぃ子ちゃんが人差し指で僕の口を塞ぐ。

「でも、口裂け女って、あの怪談話の?」
「そう。今日はそのお化けと鬼ごっこをしよう」

 彼女はそう言うと、暗がりの住宅街(じゅうたくがい)の中、僕の手を引いて歩きだした。
 そして、バス停の前で立ち止まった。