【完結】きぃ子ちゃんのインスタントカメラ

「ほら、あおくん、こっち、こっち」
「■■ちゃん」

 僕は必死で立ち上がって、おぼつかない足取りでよちよちと歩く。

「ほら、がんばって、もうすこしだよ」
「■■ちゃん、まってえ」

 何度も手をつきながら。
 何度もひざを曲げながら。

 ぱしゃり。じー。

「ほらー、がんばったね、はい、あんよをがんばったあおくんだよ」
「■■ちゃん」
「ふふ、これはわたしじゃなくて、あおくんだよう。……ねえ、みて、あおくんがあるいたー」

 ■■ちゃん、待って。

「ねえ、あるいた」

 待ってよう──。



「はっ」

 いけない、男子トイレの個室にこもったまま、眠ってしまっていた。

 夢を、見ていたような気がする。
 あれはたしか、一歳くらいの時の……。

「おーい、きみ? おーいってば」
「え? あれ? えと、きぃ子ちゃん? ってかここ男子トイレじゃ」

 あのお姉さん──きぃ子ちゃんがドアによじ登って個室の僕を見下ろしている。

「あれ、じゃないよ。うとうとしてたら花子さんに見つかっちゃうよ?」

 ──ぞくり。

 すさまじい悪寒(おかん)がして、両手で肩を抱く。
 がくがく、と肩が震える。
 寒いんじゃない、トイレの空調は適温だ。
 ……怖いんだ。

 こつーん。こつーん。

 何者かがトイレの外を歩いている。
 その気配が「聞こえる」んだ。

「お、来た来た。じゃあね? 見つからないようにがんばって」

 そうとだけ言うと、彼女はなぜかとても嬉しそうに、扉の向こう側に消えた。

 きぃ子ちゃんなんてヒトは、初めから居なかったかのように。