【完結】きぃ子ちゃんのインスタントカメラ

 僕たち家族は病室とは別の、脳外科の診察室に移動した。

 若くてハンサムで、とっても頭が良さそうなお医者さんは、難しい言葉をたくさんたくさん並べた。

 僕にはちっともわからなかったけれど、お父さんもお母さんも、ひとことも言わずに、黙ってうなづいている。
 でも、ひとつ、僕にもわかることがあるんだよ。

 それは、世界でいちばん好きだった■■ちゃんが目を覚ます可能性は、もう二度とないという、おなかの奥をえぐられるような事実だった。

「普通に、出かけて行ったんですよ。朝、本当にいつもとなにも変わらずに」

 お母さんが声を詰まらせ、涙をこぼしながら訴えている。

「それなのに、学校から連絡があって。急に意識を失うだなんて。どうして。……どうして」
「脳のCT画像には異常は見当たりません。これは、極めて(まれ)なケースなのですが──」

 また、よくわからない説明が始まった。
 だけどひたすら、つらくて、つらくて。

 僕はもう聞いているのが限界だった。

「ごめん。おしっこ行きたい」

 逃げたいときの僕の常套句(じょうとうく)だった。



 この世のどこにも居場所を失くしてしまったようだった。
 僕は幽霊にでもなったかのように、誰もいない病院の廊下を、ふらふらとさまよい歩いていたんだ。

 お日様は傾き、残陽(ざんよう)は病院の清潔(せいけつ)な廊下を赤く照らしていた。

 時計を見る。
 時刻は夕方の五時四十五分。
 ──逢魔が時(おうまがとき)だった。

 ぱしゃり。じー。

「泣かないで、きみ。ね? ほら、これ。あげるから」

 目の前に差し出されたのは、泣きべその顔した僕が写ったインスタント写真。
 華奢(きゃしゃ)で綺麗な手が見える。僕は戸惑(とまど)いながら顔を上げる。