僕たち家族は病室とは別の、脳外科の診察室に移動した。
若くてハンサムで、とっても頭が良さそうなお医者さんは、難しい言葉をたくさんたくさん並べた。
僕にはちっともわからなかったけれど、お父さんもお母さんも、ひとことも言わずに、黙ってうなづいている。
でも、ひとつ、僕にもわかることがあるんだよ。
それは、世界でいちばん好きだった■■ちゃんが目を覚ます可能性は、もう二度とないという、おなかの奥をえぐられるような事実だった。
「普通に、出かけて行ったんですよ。朝、本当にいつもとなにも変わらずに」
お母さんが声を詰まらせ、涙をこぼしながら訴えている。
「それなのに、学校から連絡があって。急に意識を失うだなんて。どうして。……どうして」
「脳のCT画像には異常は見当たりません。これは、極めて稀なケースなのですが──」
また、よくわからない説明が始まった。
だけどひたすら、つらくて、つらくて。
僕はもう聞いているのが限界だった。
「ごめん。おしっこ行きたい」
逃げたいときの僕の常套句だった。
◇
この世のどこにも居場所を失くしてしまったようだった。
僕は幽霊にでもなったかのように、誰もいない病院の廊下を、ふらふらとさまよい歩いていたんだ。
お日様は傾き、残陽は病院の清潔な廊下を赤く照らしていた。
時計を見る。
時刻は夕方の五時四十五分。
──逢魔が時だった。
ぱしゃり。じー。
「泣かないで、きみ。ね? ほら、これ。あげるから」
目の前に差し出されたのは、泣きべその顔した僕が写ったインスタント写真。
華奢で綺麗な手が見える。僕は戸惑いながら顔を上げる。
若くてハンサムで、とっても頭が良さそうなお医者さんは、難しい言葉をたくさんたくさん並べた。
僕にはちっともわからなかったけれど、お父さんもお母さんも、ひとことも言わずに、黙ってうなづいている。
でも、ひとつ、僕にもわかることがあるんだよ。
それは、世界でいちばん好きだった■■ちゃんが目を覚ます可能性は、もう二度とないという、おなかの奥をえぐられるような事実だった。
「普通に、出かけて行ったんですよ。朝、本当にいつもとなにも変わらずに」
お母さんが声を詰まらせ、涙をこぼしながら訴えている。
「それなのに、学校から連絡があって。急に意識を失うだなんて。どうして。……どうして」
「脳のCT画像には異常は見当たりません。これは、極めて稀なケースなのですが──」
また、よくわからない説明が始まった。
だけどひたすら、つらくて、つらくて。
僕はもう聞いているのが限界だった。
「ごめん。おしっこ行きたい」
逃げたいときの僕の常套句だった。
◇
この世のどこにも居場所を失くしてしまったようだった。
僕は幽霊にでもなったかのように、誰もいない病院の廊下を、ふらふらとさまよい歩いていたんだ。
お日様は傾き、残陽は病院の清潔な廊下を赤く照らしていた。
時計を見る。
時刻は夕方の五時四十五分。
──逢魔が時だった。
ぱしゃり。じー。
「泣かないで、きみ。ね? ほら、これ。あげるから」
目の前に差し出されたのは、泣きべその顔した僕が写ったインスタント写真。
華奢で綺麗な手が見える。僕は戸惑いながら顔を上げる。

