不敵にdanger




 大豪邸の離れにある和室にて。

 先輩が着物に着替えるのを待っているあいだ、今日も澤村さんがご飯をくれた。(コンビニのおにぎりとかでいいのに、なんかすごい高級な箱に入ったお弁当! いいのかな、荷物持ちの分際で!)


「北森様、お疲れのところ連日申し訳ございません」

「いえっ全然! 私はただ座って見ているだけなので……」

「本日は珍しくオフの予定だったのですが、坊ちゃんがキャンセルした依頼を急に受けると言ってきかず……。明後日の式に間に合わせるには今日しかなかったのでございます」

「っえ、あ、明後日ですか……!?」


 明後日って、あと二日しかない。

 急ぎ案件なんだろうなとは思っていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。


「なにか……大事な方の結婚式なんですか?」

「ええ、そうですね。五十嵐ユカ様という、坊ちゃんとは幼なじみのお嬢様でして」

「イガラシ……? って、もしかして五十嵐凌くんの……」

「ええまさしく。彼のお姉様でございます」


 なるほど、そうだったんだ。

 ということはつまり、藤沢先輩と五十嵐くんも幼なじみ……。


「凌様は幼いころ、坊ちゃんに憧れて華道を始められたのですよ。本当に仲睦まじかったのですが、今となっては信じられない光景になってしまいました」


 ふたりの関係性がようやく判明したはいいものの、疑問点はまだ残る。というかさらに増えた。

 前に依頼の話がきたとき、先輩は一度断ったと言っていた。

 いくら多忙といえども、3ヶ月もあればどこかでスケジュールを調整することくらいできそうなものである。身近な人からの依頼ならなおさら。

 なにか断らざるを得ない理由があったのだろうか。
 先輩と五十嵐くんの不仲に関係が……?

 そもそもなぜ仲違いをしてしまったんだろう。


「あの……先輩と五十嵐くんって、どうして仲がわるくなったんでしょうか」

「……そうですねえ。おそらくですが、坊ちゃんが高1のとき、ユカ様とお付き合いされていたことが原因かと」


 ドクリ、と心臓が跳ねる。


「お付き合い……。そうだったんですか……」

「おや、ご存知なかったですか。申し訳ございません」

「い、いえ!」

「私としたことが喋りすぎました。恐れ入りますが、今の話はどうか聞かなかったことに」


 口元に人差し指を立てる澤村さんに、私はコクコクとロボットのようにうなずく。

 鼓動がゆるやかに早まる気配がした。

 先輩、五十嵐くんのお姉さんと付き合ってたんだ。
 そっか……。

 かつての恋人の結婚式────。

 恋愛経験がゼロでも、それがどれだけ苦いものか想像がついてしまう。

 ───『キミが見ていてくれたら、ちゃんと大丈夫な気がしたから』

 先輩。それって裏を返せば、私がいなかったら、ひとりだったら、大丈夫じゃないってことでしょ。大丈夫でいられる自信がないから断ったってことでしょ。

 完璧な先輩ができないって思うくらいのことなのに、ただ私がいるからって、本当にそれだけで大丈夫なの? 無理してるんじゃないの?

 頼ってもらえるのは嬉しいけど、勉強以外しかできない私に、そんな価値……あるわけないよ。