「おまえこそ、後悔するな」
ゆんが俯いたままで言った。
「後悔も気にもしなくていい。急なことだった。本名も顔も知らなかった。何も感じなくても仕方ない。だから、」
言葉を切ったタイミングで、もう一度やけに冷たい風が吹く。髪がふわりと浮き、汗でぬれた額や首筋を風が撫でて気持ちが良い。
「だからお互い後悔はやめて、一歩進もう」
ゆんはわたしに視線を移し、ゆっくりと立ち上がる。そしてこちらに向かって左手を差し出した。
「おまえは好きな男と会って、話して。惚気話をきんぎょやスーちゃんや俺にする。俺らはおまえをからかって、揚げ足をとって、笑い合う。そういう毎日に、戻ろう」
そんな毎日に戻る。戻りたい。あの頃は楽しかった。
でも、戻れはしない。いくらゆんたちと楽しく笑い合ったとしても、花織はもういない。ボイスチャットルームに花織が現れることは、もうないのだ。
「無理だよ」
「無理じゃない」
「だって花織、死んじゃったよ?」
差し出されたままの手を見つめながら言うと、その手はわたしの顔の横を通り、汗まみれの腕を掴んだ。そしてそれを引かれて立ち上がる。ずっとしゃがんでいたせいで足が痺れ、よろけてゆんの胸に激突した。途端に、目頭がじいんと熱くなった。
「花織は死んだけど、俺らは生きてる」
「痛い……」
「生きてるからな」
「鼻打った……」
「そうだな、俺の胸にぶつかった」
「痛いから涙出た……」
「そうだな」
ゆんの腕が背中に回った。わたしは汗で湿った彼のシャツにしがみつき、その胸に顔を埋める。とくんとくんと、確かな鼓動が聞こえた。
「俺もお前も存在してる。心臓も動いてるし、体温もある。ネットだけの存在じゃない。存在しているから、今こうしておまえを抱き締められる」
聞いた瞬間視界が歪み、大粒の涙をこぼしながら、わたしは泣いた。しゃくりあげたりえずいたりしながら、無様に泣いた。思えば、泣くのは三年ぶりだった。



