「なにも。何にもない」
「何にもないってことないだろ」
「本当に何にもない。会ってもいないし、話してもない」
「そいつとの未来は、想像しなかったのか?」
「しなかった。しようとも思わなかった。ただ、自分を繕わずに素で話すことができるから、楽しいし落ち着くってだけ」
「もしかして、そいつと付き合ったら花織に悪いとか思ってる?」
「分からない」
「自分に好意を持ってるやつを振って他のやつと付き合うのは悪いことじゃない。みんなやってる。俺だって何回振って振られたか」
「ゆん、本当に、分からないの」
花織のことは人として好きだった。でも、恋人や夫婦にはなれない相手だったと思う。
ゆんの言っていることは分かる。振って振られたなんてよくある話だ。花織には悪いけれど、大して悪いことだとも思っていない。
それなのに、わたしの時間は二年前から止まったまま。わたしの身体は二十七歳になったというのに、心は二十五歳のあの日のままだ。
実感のない、感情のない死が、これほどまでに大きいものだとは。
死というものが、これほどまでに透き通ったものだとは……。
「後悔してるか?」
「え?」
「花織に返事しなかったこと」
返答に困り黙ったままでいると、ゆんは「俺は」と続けた。
「俺はこの二年、ずっと後悔してた。あんなこと言わなきゃよかったって」
「花織に何言ったの」
「イチはやめとけって」
「わたし?」
「そう、おまえ。イチが好きになったどうしようって相談されたとき、あいつはすぐ揚げ足とるし口は悪いし我が強いから、恋人にも嫁にも向いていない。そんなやつとの遠距離恋愛なんて尚更無理だ、やめておけって」
ひどい言われ様だった。でも全部当たっていた。わたしはゆんが言う通りの女だ。付き合ったとしても、花織を傷付けて終わっただろう。
「花織は、イチと仲が良いゆんが言うならやめたほうがいいなって言った。花織が死ぬ一ヶ月前の話だ」
「そう……」
「初美さんから花織が死んだって聞いたとき、ああやっちまったって思った。花織が告白しないで死んだのは俺のせいだって。もしイチがオーケーしていたら、ふたりの未来を奪ったのは俺だ」
言いながら俯き、深い後悔を奥歯で噛みしめているようなゆんの背中を、ぽんぽんたたいた。あやすように。なだめるように。
「わたしは告白された。ゆんはもう後悔しなくていい」
後悔するべきはわたし。告白の返事をせずに終わり、二年経って花織が眠るお墓の前で、彼の友人に返事をした、わたしだ。



