すきとおるし


 お盆直後の墓地は、どこも色鮮やかな花が供えられる。

 花織が眠るお墓も同じで、グラジオラスや小菊が供えられていた。その隙間に、来る途中で買った百合を差し込み、線香をあげる。墓石に手を合わせたけれど、かける言葉は見つからない。去年も一昨年もそうだった。今年もまた同じか、とがっかりした。


「イチ」

 ゆんの声で、閉じていた目を開ける。

「この一年、元気でやってたか?」

 唐突な質問だった。

「ご覧の通り元気だよ。毎日元気に働いてた」

「そのわりには血色悪いけど」

「一日中室内にいるから」

「それにちょっと痩せたろ」

「それは嬉しい」

「いや、健康的な痩せ方には見えないけど」

「そうかな」

「そうだって」

 ふうっと息を吐いて会話を止め、戒名碑に目を向ける。そこに刻まれているのは、未だに慣れない花織の本名。

 次郎。最初に生まれた初美さんが「初」の字を、二番目に生まれた花織が「次」の字をつけられたらしい。
 花織は二十五年間、この名前を名乗り、この名前を書き、この名前で呼ばれてきた。

 わたしだってそうだ。四人にはイチと呼ばれてきたけれど、職場の人からは一宮さん、友人からは縁と呼ばれている。ゆんもきんぎょも、スーちゃんだって同じだろう。
 所詮わたしたちが呼び合っているのはハンドルネーム。自分で付けた架空の名前でしかない。


「さっき花織んちで、おまえが少し席を外したとき」

 また唐突に切り出された。

「初美さんに言われた」

「なんて?」

「次郎から、縁ちゃんは明るくてよく笑って色んなことを知ってるし、今まで知り合った中で一番愉快な子って聞いてたのに、毎年会う度元気を失くしてるみたい。普段はどんな感じなの、って」

 驚いた。わたしが、止まらない汗を何とかしようとほんの少しだけ席を外した間に、そんな会話をしていたことも、花織が初美さんにそんなことを話していたことも。

「俺、答えらんなかったよ。だって俺の中でイチのイメージは、花織が言う通りのやつだったけど、最近のイチはくすりとも笑わないつまんねぇ女だからさ」

「そうかもね。わたしはつまんねぇ女」

「そうじゃねぇだろ。おいイチ、いい加減答えろ。おまえずっと変だぞ、花織が死んでから」

 立ち上がったゆんを目で追って見上げ、もう一度「そうかもね」と返した。

「答えになってねぇぞ」

「ねえ、ゆん。人が死ぬ瞬間って見たことある?」

 これもまた、答えになっていない。ゆんは苛立った表情でわたしを見下ろしながら「ない」と答えた。