すきとおるし



「今年はイチとふたりだよ。きんぎょもスーちゃんも仕事で来られないってさ。イチとふたりっきりなんてマジで最悪」

 線香をあげながらゆんが言うから「本当はゆんも来ないはずだった」と付け加える。ゆんは「うるせー」とわたしの背中を叩いて、わたしも反射的にやつの腕を叩いた。お互い汗で湿っているせいか、予想外に大きな音がした。

 それを見た初美さんは「縁ちゃんと優輔くんは本当に仲が良いねえ」とよく通る声で豪快に笑う。

「初美さん、本当にそう見えます? 俺とイチは犬と猿、水と油。話した数だけ喧嘩してますよ」

「それが仲良しってこと。喧嘩するほど何とやら」

「いえ、残念ながら俺の辞書にそんな言葉はないです」

 初美さんとゆんが話している間、わたしは仏壇に、地元で買った菓子折りを供えた。
 花織は甘いものが苦手だと言っていたから、甘さ控えめのお菓子を選んだ。地元の銘菓だ。できれば生きているうちに食べてもらいたかった。

「縁ちゃん、いつもお気遣いありがとうね。去年のお菓子も美味しかった」

「いえ、これくらいさせてください。年に一度のことですし」

「まあ、去年も一昨年も、お父さんがほとんど食べちゃったんだけどね。甘さ控えめでおいしいって」

「お父さまも、甘いものが苦手なんですね……次郎、さんも、そうだと伺っていました」

「そうなの。お父さんと次郎、よく似てたのよ。顔も性格も嗜好もね」

 呼び慣れない花織の本名に、言葉が詰まりかけたけれど、初美さんは特に気にする様子もなく、「あはは」と豪快に笑った。


 ここで、この家族の中で、花織は二十五年間を過ごしたのだ。
 おおらかなお父さんと、元気なお母さん、明るいお姉さんに囲まれていたから、花織は優しいひとになったのだ。
 ゆんとわたしのみっともない口論も、本気で心配して止めてくれる。そんなひとになったのだ。

 リビングには今も、たくさんの家族写真が飾られている。ご両親の結婚写真や、子どもたちの七五三、入学式、卒業式、成人式……。この家で、この家族とともに成長してきた花織の人生が飾られているのだ。

 ほんの一年足らずの付き合いしかないわたしが知らない、花織の人生だ。
 けれどやっぱり、何も感じなかった。
 毎晩ボイスチャットをしていた「花織」と、写真の中の「次郎」が、どうしても一致しないのだ。

 こんな失礼な気持ちでお墓参りに来ているなんて、知られるわけにはいかない。
 眉を下げ、写真の中にいる爽やかな短髪に一重まぶたの男性に、心の中で謝罪した。




 よく冷えた麦茶をいただきながら、初美さんから「次郎」の思い出話を聞かせてもらったあと、お墓参りに行くことにした。
 初美さんは「せめてタクシー代くらい出させて!」とゆんにお金を握らせた。わたしに渡さないのは、去年も一昨年も「いただけません」「いいから出させて!」という問答を繰り返したからだろう。

「良かったらまた来年も来てね。今度はゆっくりしていって」

「はい、是非」

「じゃあ初美さん、ありがたくいただきます」

「うん、ふたりとも元気でね。夏美ちゃんと澄恵ちゃんにもよろしく」

「初美さんも、お元気で」

 初美さんに深々と頭を下げ、ゆんとふたり、彼女が呼んでくれたタクシーに乗り込んだ。