手を動かしながら、その倍は動いている口。
〝黙って作れないわけ?〟鬱陶しそうに言っているけど、眉尻を下げて大将を微笑ましく見つめている。
その隣をスルッと通り抜けて、私は家に帰ることにした。
「茜音ちゃん、待って」
お店を出ようとしていることに気づいた律くんが、私の腕を掴んで止めた。
少しでも長い時間、心安らかに過ごしてほしくて、気づかれないように帰ろうとしたのに。
さすが律くん。
見て見ぬふりしてくれても良かったんだよ。
「また日常に戻れます。時間はかかるかもしれないけど、頑張ってるんだから絶対に報われます」
「…茜音ちゃんのこと、好きになって良かった。彼女で良かった。本当にありがとう」



