名前のない香水

出店の通りは、
思っていたよりも人が多かった。

甘い匂いと、
油のはねる音。
人の声が、重なって流れていく。

最初は、
ほんの少し距離をあけて歩いていた。

人の流れに逆らえず、
視界が遮られるたびに、
一瞬、姿を見失いそうになる。

そのとき――
桐谷の手が、自然に伸びてきた。

「……はぐれると困るから」

理由をつけるみたいに言って、
指先が、そっと触れる。

一花が何か言う前に、
もう、手のひらが重なっていた。

強くはない。
でも、離れない。

そのまま、
人混みの中へ入っていく。

「どこから行く?」
桐谷が、少しだけ声を張って聞く。

「んー……あれ」
一花は、色とりどりの水槽を指さした。

スーパーボウルすくい。

「やる?」
「桐谷くん、こういうの得意そう」

「……別に」

そう言いながら、
桐谷はもうポイを受け取っていた。

無駄な動きがなくて、
水の中を読むみたいに、静か。

一花が見ている間に、
小さなボウルが、
一つ、
二つ、
三つと増えていく。

「え、すご……」
「そんな取れるの?」

最後の一回で、
ポイが破れても、
もう十分すぎるくらいだった。

桐谷は、
何も言わずに、
ボウルを一花の前に差し出す。

「……はい」

「え、いいの?」
「持って帰れないし」

その言い方が、
少しだけ照れていて、

一花は思わず笑った。