名前のない香水

次の電車のアナウンスが流れる。

一花の家までは三駅。

桐谷は一駅。

彼は一瞬だけ考えて、
すぐに決めた。

「俺、次の駅だから」

まっすぐ、見る。

「駅からも近いし、俺の家で休め」

一花が目を見開く。

桐谷はすぐに続ける。

少し早口で。

「変な意味じゃないぞ」

耳が、少し赤い。

でも目は逸らさない。

「妹いるし、弟もいるし、夕方には母さん帰ってくる」

ちゃんと説明する。

誤解されないように。

「リビングでもいいし、妹の部屋でもいい。」

そこまで言って、
少しだけ声が低くなる。

「だから——ムリだけは、するな」

命令でもなく。

お願いでもなく。

ただ、
本気の声。

ホームに吹き抜ける風が、
一花の髪を揺らす。

桐谷の視線だけが、
まっすぐ、揺れなかった。