名前のない香水

本当は、
夢と一緒に帰る約束をしていた。

でも、
急用が入ったらしく、
校門の前で、別れた。

「先帰ってて」
「ごめんね」

「ううん、大丈夫」

笑って手を振ったあと、
一花は、
ひとりで駅へ向かう。

夕方の空気は、
少し冷たくて。

歩き出して、
すぐに思う。

——あれ?

足が、
いつもより重い。

肩も、
背中も、
自分の体じゃないみたいだ。

一歩、進むたびに、
体が、遅れてくる。

そのとき。

少し離れた後ろで、
足音が近づいた。

「一ノ瀬」

振り向く前に、
分かった。

——桐谷くんだ。

息が、
わずかに乱れている。

体育祭の余韻が、
まだ残っている声。

「……どうした?」

一花は、
答えようとして、
言葉が、うまく出てこなかった。

代わりに、
小さく息を吐く。

桐谷は、
一花の顔を見て、
一瞬で察したように、
距離を詰めた。

「……無理、したな」

責める声じゃない。
呆れた声でもない。

ただ、
心配する人の声だった。

一花は、
否定も肯定もできないまま、

「……ちょっとだけ」

と、
小さく言った。

夕暮れの駅へ続く道で、
二人の歩幅は、
自然と、同じになる。

触れていないのに、
また、
守られている気がした。