「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、婚約者が最高すぎた。


「舞!」

 痺れる手足。
 ああ、動きやすい格好で来て正解。
 咄嗟に立ち上がって白窪の腰にしがみつき、食猿に向けて左手を掲げる。
 刀を抜いた滉雅さんが駆け寄ってくるのが見えた。
 大丈夫、間に合う、今だ!!

「こ――滉雅さん! 今だ!」

 俺の左手首に巻いてあった『自動防御』の霊符発動。
 どうせ元々対禍妖(かよう)ように作った霊符。
 でも、俺が想定していた禍妖(かよう)の数倍強ぇ、この禍妖(かよう)
 だから、多分この食猿相手には三秒ぐらいしか保たない。
 でも、三秒あれば滉雅さんが間に合う!
 白い結界が食猿を包む。
 食猿は結界に反応して、球体の結界はヒビが入り、あっという間に砕けた。
 でもその瞬間。

「鈴流木流 天の組 炎龍円舞!」
『ボォ……オオォォォォ!?』

 俺が稼いだ三秒。
 たった三秒だけど、滉雅さんが身体強化の霊術で距離を詰め、炎の霊術を纏った剣技で食猿を八つ裂きにするのには十分だった。
 いや、まあ……この国で一番強い人、みたいに言われてたから、まあ、その……強い、んだろーなー……とは、思ってたけどさ。
 ちょっと目の前であの悪意の塊が一瞬で八つ裂きにされるとか、想像の7上強かったんだが?
 む、無双キャラだったの?

「舞!」
「あ、あはは……さ、さすが滉雅さ……」
「っ、無茶を……!」
「ごめんなさい。……でも、信じてたからイケるって思ったんだよ」
「…………っ」

 また、危ないことをしてごめんなさい。
 座り込んだ俺を震える腕で抱き締めてくれた。
 ああ、なるほどなぁ、と遠のく意識でわからされちまった。
 やっぱり、この人の腕の中が世界で一番安全で安心で、最高だわ――って。



 ◇◆◇◆◇



「ごめんなさい、結城坂様! あなたの霊符は素晴らしいものだわ……! わたくし、今までの考え方が凝り固まっていたと反省いたしました!」
「あ、えーと……はぁ。よ、よかったです……?」

 結界修復の行われるお屋敷の大広間の一画で、俺は目を覚ました。
 結局あのあと、他の禍妖(かよう)も食猿の妖気に当てられて近づいてきたため、集められた夫人や令嬢を大広間で一泊させたらしい。
 簡易な布団が引き詰められ、入り口の近くには料理が並べられたビュッフェ形式でいつでも食事ができる。
 で、その簡易な布団で休んでいた俺は一晩起きなかったそうな。
 目を覚ますと集められていた夫人と令嬢が駆け寄ってきて、小百合さんが俺の手を握りながら泣いてしまう。
 で、「素人が霊符を作るなんて危険!」と俺を叱ったことを謝ってくれた。

「結城坂様は果敢にもご自分の作った霊符で食猿討伐のお手伝いをされたと聞きました。それに……わたくし、結城坂様が渡してくださったこの霊符に、一晩中心を支えていただきましたわ。この一枚の霊符の安心感が、ずっとわたくしを……うっ、うっ……」
「そうですか。……そうですよね、怖かったですよね。小百合様のお心を支えられたのでしたら、よかったです」
「ううううううっ……!」 

 だよなぁ、怖いよなぁ。
 ごくごく普通のお嬢様が、人喰い禍妖(かよう)に囲まれたお屋敷に一晩。
 どんなに結界で守られていると言われても、怖かったに決まっている。
 その怖いと怯える心を一晩、俺の『自動防御』の霊符が支えたなら作ってよかったと思うよ。

「舞はん、目が覚めはった? よかったわぁ」
「美澄様……あの、今はどういう状況なのですか?」
「うん、今は朝よ。舞はんは食猿に襲われたあと、ずっと眠っていたんどす。あと……」

 美澄様が俺の斜め上に眠る白窪を視線で差す。
 あいつはまだ、目を覚さないらしい。

「まあ、あっちは食猿の精神干渉にずいぶん参っとるみたいやけれど、大元の食猿が討伐されとるからそのうち目ぇ覚ますでしょ」
「死んではないんですよね?」
「体に外傷は一切ないから大丈夫どすぇ」
「そうですか……」

 みんな白窪に対しては三者三様の眼差し。
 好き勝手して、屋敷の中にいた人間全員を危険に晒したのだから当然だ。
 正直、俺だって助けなくて済むなら助けたくなかったぜ。
 だって、この先のことを考えたら絶対、死んだ方がマシだっただろう、この頭お花畑女は。
 一生かけたって返しきれない多額の賠償金を背負い、花町に堕ちるしかない。
 まあ、別に俺も支払ってほしいとかそういう気持ちで助けたわけじゃなくて……目の前で人間が食われるところなんて、見たくなかったっていうだけで助けただけだしね。
 そのうち「なんであの時助けたのよ!」って逆ギレの逆恨みされるかも。
 ま、そんなこと言われたら素直に「グロ耐性ねぇんだよばーか!」って言ってやるか。

「まあ、それはそれとして……ほんまに危ないことするわあ」
「す、すみません」
「ええよ。姉のうちも見たことないほど慌てふためいた滉雅が見られたさかい、それだけで許せちゃうわ。それに、舞はんが差し入れてくれたおはぎも役に立ったそうどすぇ」
「え?」

 どうやら俺が差し入れたおはぎに含まれた霊力のおかげで、警備にあたってくれた禍妖(かよう)討伐部隊は想像以上にパワーアップしていたらしい。
 食猿のせいで集まっていた禍妖(かよう)が、夜の間に討伐されまくって今はすっかり『いつもの朝』なんだってさ。
 マジか、そんなに戦力アップに貢献できたのか。

「っていうか、そういうことでしたら討伐部隊の皆さんの朝ご飯も作ります!」
「寝とき」
「………………はい」

 起き上がったら美澄様におでこを指で押し返されて布団の中に戻される。
 つ、強い……! さすが滉雅さんの姉君。

「結界の補修が中途半端なんよ。みんな朝ご飯食べたら昨日の続きを頼みますわ。舞はんはもう少し休んで、霊力の回復ができたら参加してちょうだいな」
「は、はい。わかりました。あの、白窪は……どうなるのでしょうか?」

 玄関の結界霊符を剥がしたのは、この屋敷の中にいる央族の女性たちを危険に晒す行為。
 普通に考えて無罪ではなかろう。
 扇子で口許を隠した美澄様が目を細めて「舞はんは知らんでよろしおす」と言い放つた。
 多分、今回の件で賠償金額が跳ね上がることになったんだろう。
それでなくとも人一人が一生をかけて花町で働いたところで回収できそうにない金額だったのに。
 卒業を待たず、あのお花畑女は花町に行くことになりそうだ。