子爵を見送り、再び二人で回廊を歩いた。
 暫く無言で歩いていたが、やがてダリューン伯爵がポツリと口を開いた。


「……今更、王家の血脈など早々見つかるものではない。仮に見つかったとしても貴族ではない。それならば、やはりぺーゼロット公爵家に……」

「公爵家に打診したが断られている」

「あれは殿下との婚姻をほのめかしたせいだと思うがね」

「それは……」

「だとしても大公家の誰かを即位させる訳にはいかないがな。あの家の者では誰であれ王位争いが激化するのは目に見えているからな」

 伯爵の言う通りだ。
 最悪、大公家の発言力が強まる場合もある。
 今でさえ、次の大公の地位を得るための戦いが激化している位だ。

「グラバー大公家が国の頂点に立てばこの国は終焉するだろうな」

 伯爵の言葉にドキリとする。
 私が考えていた事をそのまま口に出したのだ。

 王族同士の強化、と銘打って第一王子と大公女は婚約をしていた。
 それでも陛下は殿下を立太子させなかった。殿下が王太子になれば大公家に取り込まれる事を恐れたのかもしれない。大公家が実質的な支配者の立場になる事すら決して認めなかった。


 大公があれ程までに強欲でなければ、あるいは既に次代に地位を譲っていればまた違ったのかもしれない。


彼ら(大公家)にだけは決して玉座を譲るわけにはいかない』

 いつだったか、そう語っていた陛下。
 あれは確か宰相が陛下を見限って大公家についた時だったと、ふと思い出した。
 

 
「………どうした?急に黙って」

「あぁ………すまない。確かに大公家が『王家』になればこの国に未来はないと思ってな。もしも……もしも殿下とぺーゼロット公爵家のブリジット様の婚約が一年、いや半年早ければこんな事にはならなかったのだろうか」

「侯爵?」

 私の独り言のような呟きを聞き、伯爵は「どうしたんだ?」と怪訝そうな顔をした。

「なんでもない。………すまない。変な事を言ってしまった」

「………いや。そう……だな、侯爵の気持ちも分かる」

「え?」

「あと半年早ければ二人の婚約は成立していただろうからな。そうなれば今と状況は違っていただろう。宰相は陛下を裏切る事も無かっただろうからな。大公家が台頭してくることも無かったはずだ」

 私のつぶやきに、伯爵はすんなりと理解を示し同意してくれたのだ。
 そして気が付いた。今更過去を振り返っても仕方がないと。それよりも前を向いてこれからの事を考えるべきなのだと。
 
「ありがとう、伯爵」
 
「ん?何に対してのお礼だ?」

 突然お礼を口にした私を見て伯爵はさらに不思議そうな表情を浮かべたのだった。
 私は伯爵と一緒に回廊を歩きながら今後の対応について考えを巡らせた。

 
 だから気付かなかった。
 私たちの後ろを付いてくる人影があったことに――――

 気配を消していた人影は複数いたことに。


 ――――気付かないまま、私たちは回廊を抜けて執務室へと戻ったのだった。