大公家はこれで終わりだ。
 もともとかなりの高齢だった大公が病死したところで誰も気に留めない。この数年、大公は我が物顔で王宮を闊歩していた。それは大公だけではない。それに連なる者達は増長する一方だった。陛下の心労がどれほどのものだったか計り知れない。

 彼らは王宮を荒らしに荒らしたのだ。
 陛下の周りからも人が減った。
 警備の人員すら減ったのだ。

 コツコツ。
 足早に歩く音が聞こえた。
 振り返ると陛下の側近であるダリューン伯爵がこちらに向かってくるところだった。

「カストロ侯爵」

「これは、ダリューン伯爵。おひさしぶりですな」

「嫌味か?」

「まさか」

 ダリューン伯爵は陛下の補佐として実務にたずさわる重鎮の一人である。年齢は五十近いはずだが外見も動作にも老いは見られない。常に陛下の傍を離れなかった男がここ数週間はその姿を見ることはなかった。

「殿下は相変わらずですか?」

「ああ。あの様子では到底表に出す事はできまい」

 神官長の息子の暴挙。
 殺しの場面を見て以来殿下は病んでしまった。

「そちらはどうだ?御子息に話したのだろう?」

 ダリューン伯爵の問いに私は首を振るしかなかった。

「そうか」

 溜息のような声音で呟かれた。
 伯爵は小さい頃のジョバンニを知っている。あの冤罪事件の後も何かと気にかけてくれていた一人だ。

「息子に大公女の卑怯極まる手段を話して聞かせたが信じようとはしない。証拠の映像なども見せたが『捏造だろう』の一点張りだ。あの子の目には未だに大公女が女神のように映っているのだろう。冤罪が晴れてからも家に一切寄り付かなかった。大公女を守り尽くすと誓い、それを至上としていた。その思いを捨てろというほうが酷かもしれんな」

「体の方はどうなのだ?」

「完治したが……足の骨は治していない」

「何故だ?」

「治せば、あの子は間違いなく報復に走る。それに今やぺーゼロット公爵になったミゲル様を付け狙うだろう。それだけは阻まなければならない」

「なら今のままで行くのか?」

「療養先は王都から離れた場所にした。ここから離れた方があの子のためにもなるだろう。私は王都から離れられないがその分、他の兄弟達があの子の面倒をみると申し出てくれたよ」

「そうか。その方が御子息には良いだろう」

 ジョバンニに関して、下の子供達の思いは複雑だろう。ジョバンニのせいで周囲の目が厳しかったはずだ。不満を抱かない訳がない。それでも一方で、実の兄を信じなかった、という負い目もある。だからこそ不平不満があったとしても支える姿勢を見せたのだろう。