「はぁ~~~……っ」

「貴方?どうなさったのです?」

「ああ!すまない!!」

「もしかして、また例の手紙ですの?」

「ああ、義父上からだ」

「お父様からの……あの件ですか?」

「ああ……以前断ったと言うのに……」

 妻が心配そうに私を見ている。

「大丈夫だ。もう一度、義父上に断りの返事をだす」

 これ以上、妻と娘に心配をかける訳にはいかない。




 
 私、コンスタンティン・ワグナー伯爵は現大公の娘婿にあたる。
 娘婿と言っても、数多くいるうちの一人に過ぎない。妻は大公の娘であるが『非嫡出の娘』だ。舅の大公とは必要最低限の付き合いしかない。身内での集まりに参加する程度のものだ。


 あの舅と違って妻は穏やかで大人しい性格だ。
 だからこそ夫婦としてやっていけている。他の義兄弟たちの多くは『(大公の娘)』に苦労していると聞くからな。

 
 舅に手紙を出した数日後、義兄の一人が職場にやってきた。

 
 
「久し振りだな、コンスタンティン」
 
「お久し振りです。アルノルト殿」

 アルノルト・アイゼンシュタイン侯爵。私の義兄だ。彼の妻は私の妻の『異母姉』でしかも『嫡出』でもある。同じ大公の娘婿でも彼と私とでも天と地ほどの差がある。特にアルノルト殿は大公の後継者候補とまで目されている人物だ。

「先日は断ってくれたらしいな」

 やはりこの話か。
 おおよその見当はついてはいたので驚きはしない。

「何度申し込まれてもお受けするつもりはありません」

「そんな事言わずに考えてみてくれ。お前にとっても悪い話じゃないだろう?」

「良い話でもありません」

「いや、良い話だ。上手くいけばお前の娘は公爵夫人だ」

 私は眉間にシワを寄せた。
 それが嫌なのだ。

「ご冗談でしょう? 我が家は伯爵家です」
 
「大公の孫娘だ。公爵家に嫁ぐに相応しい身分だろう」
 
「……嫁ぐも何も、ミゲル・ぺーゼロット公爵には婚約者がいるではありませんか」
 
「ああ、元義姉がな。異母姉弟だとばかり思って安心していたらコレだ。こんな事ならもっと早い段階で縁組を済ませておくべきだった」

 公爵家の二人を異母姉弟だと勘違いしていた者は多い。
 父親である宰相がそれらしい態度を崩さなかった事が勘違いを加速させた原因だろう。あれは紛らわしかった。
 
「ぺーゼロット公爵家にとってはそれが一番良いのでしょう。公爵家の嫡出が公爵夫人になる。これ以上ない奥方だ。私の娘が割り込む余地など微塵もないでしょう。そもそも婚約者のいる男と見合いなどできませんよ」

 私が断る理由を説明すると義兄は大きく溜め息をついた。そして頭を振るとこう言ったのだ。
 
「ミゲル・ぺーゼロットはまだ結婚していない」

 言葉を失うとはこの事だろう。
 結婚をするから婚約しているんだろう。義兄は何を言っているんだ?

「既成事実さえ作ってしまえばこっちのものだ」

「なっ?!」

「そうだろう?これで子でも出来れば万々歳だ」

「私の娘に娼婦の真似事をさせろと言う気ですか!!馬鹿にするにも程がある!」

 激昂する私を見て、義兄は苦笑した。
 
「別に無理矢理ヤれと言っているわけじゃないぞ?ちゃんと双方の同意を得ればいい」
 
「どうやってですか?噂では、ミゲル殿はブリジット嬢を大切になされているとか」
 
「相手は若い男だ。迫れば一発だろ。運の良い事にお前の娘は美人だ」
 
「私の娘は貴族令嬢の教育は受けても娼婦の教育など一切受けていない!!」
 
「貴族の女も娼婦の女も大した違いなどない。私に娘がいれば今すぐにでも若い公爵をモノにしろと命じている」

 呆れて物も言えない。
 まさか、ここまでとは。
 この人も舅と同じだ。

 私の娘をモノのように扱う。

 





 義兄は帰っていった。

『何が娘の幸せかよく考えろ』

 そう言って。

 娘の幸せを考えれば舅や義兄の計画に乗る訳にはいかない。
 義兄はミゲル殿を甘く見過ぎている。
 彼を怒らせた者達の末路を知らないのか?

 不慮の事故や事件に巻き込まれて死んだ者達。
 辛うじて生きている者達もいるが……あれは果たして生きていると言えるのだろうか。


「何とかしなければ……このままでは私達家族も彼らのようになる」

 大公家は巨大だ。
 だが、一枚岩ではない。
 権力を握り支配する舅が死ねば瓦解するのは目に見えている。
 何故か、後継者を指名しない舅だ。必ず跡取り問題が勃発する。

 
「覚悟を決めなければならない」

 
 最悪の未来を回避するためにも――――