目の前にいる男を縊り殺したい。
そんな衝動に駆られながらも何とか耐えた。
貴族には自分勝手な人間が多い。
こういう職業柄、嫌って程見てきた。それでもここまで酷いのは早々いないだろう。宰相閣下は結婚当初からぺーゼロット公爵家に無関心だったからな。私がただの顧問弁護士としか思っていないのだろう。代々公爵家に仕える家だ。一族は「人」と深く関わる仕事に携わる。私は自分の特技を生かして弁護士になったともいえる。
「ノルン様は若く正義感のある方ですから。父親に理不尽に虐げられる運命にある子供達を見捨てる事はできなかったのでしょう。母君でいらっしゃるヴァノッツア様もそれは同じ事です。――――どこかの誰かと違って」
「…………貴様!」
「何でしょう?私は何か間違った事を言いましたか?本当の事を言っただけですよ?大公閣下の孫娘たちは揃いも揃って性格に難がある御令嬢ばかり。子を思う親ならばそんな令嬢との結婚など望みません。まぁ、出世と野心と保身のいずれかに該当する親なら別でしょうが」
私なら死んでもお断りだ。
身内にするのも嫌な部類だ。
もしも親族の誰かが恋人もしくは結婚相手として大公家所縁の女を連れてきたら「頼むから元の場所に戻して二度と会わない魔法誓約をしてくれ」と忠告する自信がある。
「………他に方法がないんだ。今はグラバー大公との関係を強固にするしかないんだ。それに…………大公の孫娘は多い。美しい令嬢は大なり小なり傲慢さがあるものだ。結婚すれば変わる。高慢そうに見えても好意を持つ相手に尽くすと言うのは聞いた事がある。大公の孫娘たちもその部類かもしれないだろう。そもそも家柄的にはあちらが上だ。ミゲルにとっても悪くない縁組なんだ」
「それが御子息を大公家に売り渡す言い訳ですか?詭弁ですね」
「うるさい!お前には関係ない!」
関係ないだと?ふざけんなよ!このクソ野郎!! 怒りに任せて殴りそうになったが必死に抑え込む。こんなクズでも一応元公爵だ。
「ならば、ご自分が大公所縁の女性と結婚すれば宜しいではありませんか?」
「…………は?」
「宰相閣下はフリーの身。再婚は可能です。閣下が大公家の令嬢と再婚すれば大公と宰相閣下との繋がりはより強固になるはずです」
「な、なにを馬鹿な事を!!」
「バカな事ではありません。事実を申し上げているだけです。宰相閣下が大公の娘婿、あるいは孫娘の夫になれば、わざわざ縁を切った息子を差し出す必要もなくなるというもの。もっとも貴方様は公爵家の御子様方をどうこうできる立場ではありませんが」
「どういう意味だ?」
「宰相閣下は政争でお忙しいようですね。些細な法律の改正など興味がないと見えます」
困惑する目。
どうやら本当に知らないようだ。
まあ、あまり大々的に発表があった訳ではない。それでも知っている者は知っている案件だ。
宰相閣下、貴方は「父親失格」の烙印を押されたことに何時気付くのでしょうね。
二人の御子様の親権はヴァノッツア様にあります。
貴方がどれほど訴えようとそれは覆らない。
男性優位の法律ではなくなったのです。

