「な、なんだと?」
「ですから、奥様。いえ、ヴァノッツア・ぺーゼロット前公爵夫人との離婚が正式に決まりましたので御報告に参りました」
公爵家の顧問弁護士である男は淡々と事実のみを告げる。
妻と離婚だと?!
どういうことだ!!
「……どういうことだ? そんな話は聞いていないぞ!」
「えぇ、今初めてお伝えしましたので当然ですね。そもそも離婚するしないを決めるのは宰相閣下ではなく、ヴァノッツア様の方です。既に離婚届を提出されてますしね」
「…………何時の間に離婚届など……。私はサインした覚えはない」
「これは御冗談を。婚姻の際の婚姻届と共に離婚届を書いているではありませんか」
「……まさか!……あの時か!?」
「はい。あれが離婚届となります」
「何故だ!?」
「何故と申しましても宰相閣下が婚姻契約の際に契約書へサインされた内容に従ったまでです」
「契約書だと!?」
「はい。そうです。覚えていらっしゃいませんか?宰相閣下の御両親と兄君に確認していただければ直ぐに分かることですよ」
「くっ…………」
なんてことだ!!
アレがそうだったとは……。
だがサインしなければ婚姻は認められなかった。内容確認などできないままサインした書類の一つだ。
「認められない!!」
咄嗟に叫んでしまった。
だが、弁護士は冷静だ。
「不貞行為、暴力行為、借金、他にも色々ありますが……それらの一つでも破れば即離婚となっております。宰相閣下の場合は不貞行為が周知されておりますので裁判を起こされても負けは確定しております」
「……な、何故だ。なぜ今更……」
「今まではヴァノッツア様の恩情でした」
「恩情……だ……と……」
「はい。公爵家の仕事を半ば放棄したも同然に王宮に出仕なさった段階で離婚話が出ておりました。元々、侯爵家の次男であられたホアン様をヴァノッツア様の婿にと決められたのはその優秀さを見込まれたからです。ぺーゼロット公爵家のためにその才能を役立てて欲しいとお考えになってのことです。しかし、公爵家の仕事を投げ出した時点でそれは不可能になりました」
「だ、だが私が王宮で地位のある立場になれば公爵家のためになる」
「はい。それはホアン様が王宮に出仕すると決まった時に前公爵閣下とヴァノッツア様に仰った事ですね」
「ああ……二人は認めてくれた」
「認めたというよりも『このアホは何を言ってるんだ』と呆れていただけです」
「あ、アホだと!!?」
「あなたでは話にならないと理解なさったお二人はホアン様の実家に連絡を入れられました。そこで侯爵夫妻と跡取りの兄君は頭を下げていらっしゃいましたよ」
「父上と母上と兄上が……」
「もっとも頭を下げたくらいではどうにもなりません。侯爵家はペナルティーとして鉱山を三つ差し出しています。それもかなりの規模のものです」
「そ、そんな……」
「あなたが愛人を囲い込んだ時もそうです。その時にも侯爵家から賠償金を支払っています。それもかなりの額のものをね」
「わ、私は……知らない。なにも……」
「歳を取ってから出来た息子は可愛いのでしょうね。兄君も歳の離れた弟を息子同然に可愛がっていたようですし。可愛くとも真実を告げるべきでした。ですが、庇えるのも此処まででしょう」
「なに……?」
庇えるのも此処まで?
どういう意味だ?
私は知らないうちに助けられていた。家族から。
弁護士は冷たい目を私に向ける。
まるで汚いものを見るような目を。

