「王子殿下、お話があります」

 珍しい。
 大公女の傍付きのヨハン・フィーデスが私に話しかけるなど。一体どんな要件だろうか?大公女付きの者とはあまり関わり合いたくないのだが無視するわけにもいかない。渋々応じることにした。ヨハンの後ろに控えている女生徒の顔色が優れない事に違和感を覚えた。
 
 人払いされた室内で向かい合って座ると開口一番、彼はこう言った。
 
「大公女様の悪評を流しているのは殿下ですか?」
 
「なんだ藪から棒に」

 唐突な質問だったが特に驚きはなかった。
 
「こちらの女生徒に見覚えはありますか?この方は昨日学園近くの森でジョバンニ・カストロに殺されかけました。理由は大公女様に対する不敬罪と言う事です。すんでのところで助け、彼女を問いただしたところ殿下からの指示があったと白状しました」
 
「そうか」
 
「王子殿下、どうしてこのような事をなされたのですか!」

 普段冷静沈着な男が感情的になるとは珍しい。
 それにしても「どうして」と聞いてくるとはな。答えは一つしかないだろう。まあ、この神官長の息子は頭が切れる。分かっていながらも自分から言う事はしない。言えば不敬罪になるだろうからな。

 
「どうと言ってもな。私は大公女が日頃から目に余る行動を取っている事実を述べただけに過ぎない。彼女は大公家の娘としての自覚がなさ過ぎる。自らを振り返ってもらうためにも噂を流しただけだ」
 
「なっ?!」
 
「それに悪評というが、どれも事実ではないか。学園内での言動、態度、授業の出席率の低さ、試験の結果。その全てが彼女が学園の恥であり落ちこぼれであることを証明している」
 
「それでも限度というものがあります!あれでは大公家の面目が丸つぶれです!」
 
「あの大公女ではな」

「殿下!あなた様は大公女様の婚約者ではありませんか!!」

「政略の上でのな」
 
「それでもご一緒に学園に通うと選択なさったのは大公女様が心配だったからではないのですか?」
 
「まったく違うな。大公家から彼女のフォローを任されたからだ」
 
「だったら何故!?そんな態度を取るのですか!!もっと優しく接して差し上げてください。それが王族としての責任なのでは?」
 
「無理だな。私と彼女とは所詮、政略だ。そこに愛情など生まれようがない。彼女の方にも私に対する敬意すらないのだ。見目の良い男の護衛を侍らせている女に優しくしたところで何になる?」
 
「……彼らは学友でもあります」
 
「令嬢に男の学友か。面白い事を言う。私には理解できないが世間一般の感覚とはそういうものなのか?」
 
「それは……彼らは護衛の任務も請け負っておりますので」

「苦しい言い訳だな」

「……」

 彼もそれが大公家側の言い訳だと理解しているはずだ。
 それでも大公女に、延いては大公家に尽くさなければならない立場だ。

「話はそれだけか?それなら帰っても良いか?」
 
「いえ。まだ終わりません」
 
「これ以上話すことなどないだろう?」

 黙り込む二人に私は背を向けて扉に向かった。背後から彼の視線を感じたが何の意味もないことだ。彼は大公家に従う者なのだからな。私の行いを許すはずもない。ならばもう話すことはない。
 しかし、ヨハンは諦めずに言葉を投げかけて来た。
 
「殿下のお考えはよく分かりました。ですが大公家がこのまま黙っているとは限りません。目に余るようなら相応の対応を取らせていただきます」

 その声は静かな怒りを感じさせた。
 私は鼻を鳴らしてその場を去ったのである。