ああ……どうして僕は今こんな場所にいるんだろう。

 公爵領から離れ、王都近郊の要塞に来ている。というよりも来させられた。王家が王都に立てこもっているから。それも一般市民を有無を言わさず道連れにして。解放してから籠城しろ、と言いたい。現実問題として王都民を王都から追い出したら難民となってしまう。それはそれで問題だったりするから一緒に立てこもるのはアリかもしれない。

 要は市街戦になるかもしれないと考える兵士たちを鼓舞するため、引いては兵士の士気を高める狙いがあるのだろう――――と考えていた時もあった。


「あーー……辺境伯爵」

「なんでしょう?公爵閣下」

「これ、よかったの?」

「勿論です」

 僕の不安げな問いかけに笑顔で応える辺境伯爵が正直怖い。
 微笑みを浮かべている優し気な男性が実質的指揮官だと信じてくれる人は果たして何人いるのだろうか?そう思うほどに血なまぐさい戦場に不釣り合いな人だった。

「王都の水路断ち切ったんですよ?」

「公爵閣下、相手は敵です」

 確かに『敵』だ。
 でも被害は王都民にも及ぶ。
 
 三日前、辺境伯爵率いる部隊が王都の水路を断った。
 今すぐどうにかなる問題ではない。王都には大量の水をため込む貯蔵施設がありそれを水源としているからだ。しかし時間と共に水不足は深刻化していくだろう。王宮も例外ではない。王宮はいざという時のために地下水を掘り当ててそこに溜めこんでいる。それでも足りない場合は貯水タンクや地下洞窟に貯められたものを開放するようだ。しかしそれもいつかは枯渇する。そうなれば……。

「暴動が起きますよ」

「宜しいですか、公爵閣下。我々は反逆者なのです。連合と名乗っていますが所詮は反乱軍に過ぎません。王家に楯突いた反逆者らしく振る舞ったところで文句を言う者はおりません。寧ろ、我々が手を汚す必要もなくエンリケ王子は死ぬことになるのです。実に素晴らしい事です。愚かな王が愚かな民によって滅ぼされる。あの王家の末路に相応しいと思いませんか?」

 笑顔で言う辺境伯爵の言葉に反論することはできなかった。
 だけどその言葉に深い恨みが込められていることに気付かない程、僕はバカじゃない。
 王家と辺境伯爵家の因縁が関係している。
 
 きっと彼は自分の手で姉君の仇を取りたいのだろう。
 
 当事者である国王陛下は死んでいる。だけどその息子は生きている。親の罪は子供には関係ない、と言う人は一定数いるだろう。はっきり言おう。綺麗ごとだ。
 実際、当事者になって見なければ皆分からないんだ。僕は子供の罪で親だけでなく親族全てを滅ぼした。それでも憎しみは薄れなかった。寧ろより深まったと言ってもいい。大切な人が殺されたんだ。復讐したいと思う事は当たり前だ。
 

「因果応報という事ですね」

「おや?閣下は他の者達のように私を非難なさらないのですか?」

「……非難されたんですか?」

「そうですね……非難とは少し違います。辺境伯爵家と関わりの薄い貴族から『復讐は何も生まない』と言われました」

 はっ?!
 
 思わず声を上げそうになるのを必死に抑えた。
 なんだそれは?そんなことを言う人が味方陣営にいるのか。呆れる。

「仰った人は随分とお幸せな人なんですね」
 
 おっと、つい皮肉が。
 
「そうかもしれませんね」

 あー……笑われた。しかも否定しなかった。辺境伯爵も僕と同じような気持ちなんだろう。大切な人を失った事のない者に僕達の気持ちは分からない。