「じゃあまた遊ぼーね」


や、やっと解放される……。


あれから二時間、エセ酔いさんはワンマンライブを続けていて終わったのはなんと夜の7時。


みんなも疲れているのか眠たそうにあくびをしたり首を回したりしている。


「は、はいー」


もう結構ですっ!


「絢音もう早く帰ろ」


「そ、そうだね」


また話が長くなりそうな雰囲気にコソッと澪ちゃんが私に耳打ちをした。


澪ちゃんは手に持っていたスマホを操作して「もうすぐで電車くるから」と言って杏ちゃんと一緒に足早に駅に歩いて行った。


私も早く帰ろっと


「じゃあ私も失礼します……」


「えーもうちょっとここで喋っていこーよ」


いや帰りますっ


エセ酔いがさらに悪化したようで捕まるまいと逃げるように歩き出す。


……やっぱり恋とか無理かも私。


少し残念に思いながら街灯の明かりを頼りに歩く。周りも慣れた道ではあるしそこまで警戒するような事もないから鼻歌混じり。


「ちょっとっじゃあ私はどうなるのよ!」


あれ?今声しなかった?


暗い路地裏。奥まで長く続く道で奥の方は真っ暗で何も見えない。だから私はいつもちょっと怖くて素通りする場所。


何があったのかな……?もしかして誰か倒れてるとか⁉︎


エセ酔いさんのせいで危ないの基準がおかしくなってしまっていた私はいつもなら絶対に行かない路地裏に足を踏み入れてしまった。


「私はどうなるって、もちろん秋ちゃんも好きだよ?でも、俺はみんな好きなんだ」


「それって浮気じゃないっ!」


「そんな事ないよ、みんな好きでみんなが一番。みんな平等の愛だよ」


なんだかすごいこと言ってるな……。


歩いて行くにつれ鮮明に聞こえてくる二人の声。


女の人が一方的に怒っているけど多分悪いのは男の人の方。


街灯一つなく怖くなってきてぎゅっとカバンの持ち手を握ったけど、ちょうど声の主二人を発見。


「もういいわよっどうせ私はあんたの1番にはなれないんでしょっ!」


–––パシンッ


えっ……。


見つけた瞬間、涙声の女の人の叫び声と共に聞こえた乾いた音。


みるみるうち赤くなっていく男の人の右頬を見てようやくそれがビンタされたものだと認識する。


び、ビンタ……⁉︎絶対痛い……。


「そうだね、俺は恋人に一番をつけることはできないかな」


「もういいわ。さようなら」


ぐっと泣くのを我慢していた女の人の目からキラリと光るものがこぼれ落ちた。


それからスタスタと女の人は私が来た道とは反対側に歩いて行った。


あんな別れ方しちゃっていいのかな?恋人ってあんなあっさり別れちゃうものなの?


「あれ、まさかこんなところにお客さんがいたなんて」


や、やばっ


さっきの出来事にびっくりしすぎて物陰に隠れるのを忘れていた私はその場に棒立ち状態。


完全にロックオンされてしまい逃げられなくなってしまった。


「ご、ごめんなさいっ」


すぐに逃げようと思って後ろを振り向いた。が、もう遅く右腕を強く掴まれ体がぐっと後ろに引っ張られてしまう。


「逃げないでよ」


やばい人に捕まってしまったかもしれない……。


暗くて顔がよく見えないけど雰囲気が怖い。


「あの、私何も見てないのでどうか逃がしてくださいっ」


「見てないは嘘でしょ。どこらへんからいたかはわからないけど」


やばいやばいやばい。もしかしてこれ人生終了⁉︎私殺されちゃう⁉︎


エセ酔いさんのワンマンライブ後にカップルのいざこざを目撃しちゃって死ぬとか私ツイてなっ!


最後に桐さんを拝んでから死にたかった……。


「ねぇ、なんとか言ったらどうなの?」


ちょっと不服そうな声がするとさっきから離してくれない右腕を引かれた。


その時ちょうど車が通ったのか光が路地裏に刺さる。


……え?この人……⁉︎


一瞬、ちょっとだけ見えた顔。その顔があまりにも




"桐さん"




だったから驚いた。


桐さん?もしかして私はもう死ぬから最後に桐さんを見せてくれたということですか?


テンパった頭では考えることもまともにできなかったけどなぜか頭にはエセ酔いさんの迎え舌をしながらポテトを食べるシーンが脳裏をよぎる。


「カラオケボックスの桐さん……?」


もしかしたらと思って聞いてみると「えっ」と反応してくれた。


「君さっきカラオケボックスで合コンしてた子?」


「は、はい」


よかった。桐さん(仮)も覚えててくれたんだ。


ポテトを貰った時にちょっと顔を見ただけだったから安心した。


私はこんな時に心なしかちょっと前髪とか直しちゃったりして。


「てかなんで俺桐さんって呼ばれてるの?」


パッと右腕を離してくれた桐さん(仮)はどこから出したのかわからないタバコに火をつける。