……っ、
重たい瞼を開けるとそこは暗闇に包まれた、小さな倉庫のような場所だった。
扉を見るととても私1人で壊せないような大きな鍵がかかっていて、立とうと足に力を入れると、
″ガチャンッ″
私は立てずに膝から地面に叩きつけられてしまった。
足を見ると重そうな鉄の足枷が付いていて、金属音の正体が一瞬で分かった。
…どうやら私は篠崎さんに閉じ込められてしまったらしい。
…この倉庫は、あの時の″部屋″に似ていて…どうしてもあの時のことを思い出して手足の震えが止まらない。
「どう、すれば…」
回らない頭をフル回転して解決策を導こうとしているとーー扉にかかっていた大きな鍵が″ガチャ″と外れた音が聞こえた。
さっと身構えた私の目に映ったのはーー篠崎さん、だった。
「あぁ、起きていらしたんですね。紗菜さん。」
「……」
「学園のことは心配しないでください。学園には今日は早退することと数日は休むことは伝えてありますので。明日には紗菜さんは僕の屋敷にご招待いたしますよ。正式に婚約者としての手続きをしましょうね。」
…え?婚約、?意味、分からない…
困惑している私を他所に篠崎さんは私の顎をクイっと上げ、弧を描いたような、怖い笑顔を見せた。
触れられた場所から鳥肌が止まらない…
あまりの嫌悪感から私は気付いたら篠崎さんの手を振り払っていた。
「や、やめてください…っ!!」
自分でも意外なほど、大きな声を出してしまった。だけど、意外だったのは篠崎さんも同じようで…私の言葉にすっかり面食らっているようだった。
少し驚いた様子を見せた後、篠崎さんはすぐにいつもの笑顔に戻り、再び私に話しかけた。
「…あぁ、ごめんなさい。紗菜さんが男性恐怖症だということをすっかり忘れていました。
許してください、紗菜さん。私はただ紗菜さんと幸せになりたいだけなんです。」
さらに距離を詰めた上に私の手をぎゅっと握ってくる篠崎さん。男性恐怖症だと分かっての行動なのだとしたらもはや嫌がらせにしか思えない。
「私に、さ、触らないでくださいっ…」
震える声を振り絞って伝えた言葉はあまりにもか細かった。
「…宇美原さんたちは平気そうだったのに…」
え、?あまりに小さい声を私は聞き取れなかった。
「…紗菜さん、変わりましたよね?」
「え、?」
変わった…?
「前までは男から話しかけられてもずっと下を向いて目を合わせようとしていなかったですし、反抗するなんてもってのほか。大きな声を出すことなんて考えることもできなかったのでは?」
…篠崎さんの言葉で気が付いた。私はいつのまにか知らず知らずのうちに変わっていたらしい。
宇美原さんたちのおかげ…なの、かな…?
そう気付いた瞬間手足の震えが止まった。
ー
「あ、さ、紗菜ちゃん…っ!!」
ー
呼び止めてくれたのに…
きっと私の表情を見て異変に気付いてくれていたんだ…察しの良い宇美原さんのことだ。きっと今頃心配してくれているはず…
恩を仇で返すなんて……私、最低だ。
私には宇美原さんたちに助けを求める権利なんて…無い。
そう悟った瞬間さっきまであったはずの反抗心が嘘のように消えていくー。
「…顔つきが変わりましたね。まるで昔の紗菜さんのような…」
昔の私…?
昔の私は今より冷血で…笑顔が苦手で…男性から逃げて…家族以外とまともに話せない………
あれ?
全部…全部″昔″になって、る…?
ーー
『ねえねえ、ちょっと話聞いてたんだけど、僕の方から説明してもいいかな?』
家族以外とまともに話せない私を助けてくれた。
そのおかげで体育館で篠崎さんと普通に会話をすることが出来た…
『さーなちゃん!難しい顔してどうしたの?まぁ、そんなさなちゃんも可愛いけど。』
私の冷血と言われる顔も褒めてくれた。
そのおかげで少し私の顔を好きになれた…
『俺たちは4人で組むぞ。』
私のことを配慮してくれた。
おかげで少しだけ男子への苦手意識が薄れた…
『ふふっ...紗菜さん、やっと笑ってくれました。』
『笑顔な紗菜ちゃん、すっごく可愛いね....!』
『え?何で?今の月摘ちゃん超可愛いかったよ?ねえ、涼?』
『...少なくとも気持ち悪くわなかった。』
私の歪な笑顔を褒めてくれた。
おかげで少しだけ笑顔への抵抗が薄れた…
『あ、さ、紗菜ちゃん...つ!!』
…呼び止めてくれた。
会って1日の人間にここまでしてくれた。
宇美原さんたちがしてくれた″少しだけ″が今の″反抗できる私″をつくってくれているんだ…
それなのに私はまともなお礼をできていない…このままお礼も出来ずにお別れは…絶対嫌だ…!
絶対…ここから出て宇美原さんたちに会いにいくんだ…っ
「…帰してください。」
今度はか細くない、しっかりと届く声で話す…
「…はい?」
少し顔をこわばらせる篠崎さん。その顔に怯えそうになるけど…顔に出ないように…声に出ないように…できるだけ強気で話す。
「帰して欲しいと言っているんです。」
…逃げない、そう決めたから。
篠崎さんは一瞬驚いた顔をした後、いつもの笑顔で言った。
「…紗菜さん、先程も申し上げた通り私達は近々婚約します。…だから紗菜さんを帰すことは出来ません。」
…やっぱり簡単には折れてくれないっ…だけど、私も譲ることは出来ない。
「私には大事な婚約者の皆さんがいます。だからあなたと婚約することは出来ません。だから…ごめんなさい。」
そう言い、私は深く頭を下げた。
「…頭を上げてください、紗菜さん。」
そう言われ私は顔を恐る恐る上げた。…篠崎さんは優しく微笑んでいた。
分かってもらえたのかも知れない、そんな期待が頭によぎる。
「…私が間違っていました、紗菜さん。…紗菜さんを学園まで送り届けますよ。」
そう、真剣な顔で言ってくれた篠崎さん。
「…ありがとう、ございます…っ」
思わず泣きそうになるけど、我慢する。足枷を外してもらおうとした時ーー
ドンッ
「え…っ?」
思わず目を見開いた。だって…気付いたら篠崎さんに押し倒されていたから。
「そんな簡単に帰す訳ないじゃないですかぁ、本当にどうしちゃったんですか?紗菜さん…」
「どういうこと、ですか?」
そんな言い方、まるでさっきのことは嘘みたいな…
「嘘ってことですよ。簡単に騙されちゃって可愛いですねぇ、紗菜さん。」
こ、怖い…っ
逃げようにも手首をがっちりと掴まれているせいで身動きが取れない。
「逃げようとしないでください!…あなたは大事な婚約者達に見捨てられたんですよ!!分かったら大人しく僕の言うことを聞いてくださいっ!!」
…っ!この言葉…
『逃げようすんじゃねぇよ。お前はあの小娘に見捨てられたんだよ!!分かったら大人しく言うことを聞け…ッ!!』
冷や汗が、止まらない…
ドクッドクッドクッ
心臓が跳ねるように鼓動を打つ。
″あの時″と同じ…っ…
涙が溢れ、取り乱し、過呼吸になる。
頭では″あの時″と違うとわかっている。それでも男性が怒鳴っていることで頭がパニックになり自分で止めることが出来なくなっていた。
嫌だ…
嫌…
もう、あんな想いは…
い、や…
たす、け…て
「紗菜ちゃんっ…!!!!」
倉庫の扉から誰かが来たことが分かった。涙が目から溢れ出していてまともに見ることができない。
誰、…?
