「はーい!それでは体育の授業を始めますー!!」
体育の先生が毎回のことながらの大きい声を出し、授業が始まった。
「今日は社交ダンスの授業です!今回皆さんに取り組んでもらうのは社交ダンスの中でも、なんと!ワルツです!」
わ、ワルツ…社交ダンスの中でも私の特に苦手なダンスだ。
「そして今回は男女でペアを組んでもらい、それぞれ発表してもらうのでそのつもりで〜!!」
うぅ…。ただでさえ嫌な気持ちなのに男女ペアと聞いた今の私の気分は控えめに言っても最悪だ。
「それでは皆さんのタブレットに参考動画を送ったので、それぞれペアを組んで練習してくださーい!わからないことがあったら遠慮なく聞いてください!」
あぁ…終わった…。先生の話が終わった途端、クラスメイトのみんなは動き出した。…私を除いて。
…本当にどうしよう。あれから数分後、クラスメイトのみんなもちらほらペアが決まっている中、私は1人、すごく焦っている。
私から誘ったところで迷惑でしかないだろうし…先生に言って、先生とペア組もうかな…?
そんな考えが脳裏をよぎったその時、
「月摘さん、どうかされましたか?」
さっぱりとした、爽やかな声が私に届いた。後ろを振り返るとそこにいたのは昨日16番目に告白された彼だった。ま、まさか同じクラスだったなんて…
「あ、え、えっと、ごめんなさい。」
思わず謝ってしまった私に彼はふふっと笑った。
「謝らないでください。僕はただ月摘さんの顔色が悪く見えて心配になったから話しかけただけですので。それと告白の件は気になさらないでください。」
話し方や紡ぐ言葉から私を気遣ってくれていることが伝わってくる。初対面だけど優しい人だとすぐ分った。
だけど顔は笑顔なのに目は笑っていないような気がするのは気のせいかな…?
「あ、申し遅れました、僕は篠崎玲都と言います。気軽に玲都とお呼びください。」
「は、はい。」
少し目は怖いけど…私なんかを心配してくれている篠崎さんはやっぱり優しい人だと思った。
「それにしても、月摘さんはワルツのペア決まりましたか?」
「い、いえ…篠崎さんは決まりましたか?」
「いえ、僕は月摘さんを誘いたくt」
「ちょっと委員長〜!私とペア組んでくださ〜い!」
「私も私も〜!!」
「委員長〜私と踊って下さ〜いっ!」
ん…?篠崎さん、なんて言ったんだろう?女の子たちの声によって篠崎さんの声は完全に消え去った。
それに予想はしていたけど、篠崎さん、すごくモテモテだっ…これ以上私がそばにいるとペア組んでるって勘違いされちゃいそうだし、私は立ち去ろう!そうと決まったら…
「篠崎さん、私はこれで失礼します。」
「あ、つ、月摘さん…っ!?」
やっと篠崎さんと篠崎さんを囲む女の子たちから離れられた。
ふぅ…つ、疲れた…男の人と話すとすごく疲れてしまう。…というか待って、私ペア決まってないじゃん。ど、どうしよう!?
「さーなちゃん!難しい顔してどうしたの?まぁ、そんなさなちゃんも可愛いけど。」
「きゃっ…!?」
いきなり誰かの吐息と声が私の左耳を掠めた。後ろを振り返ったら、思った以上に近い距離に宇美原さんがいた。
「う、宇美原さん!?」
気付いたら反射的に宇美原さんから距離をとっていた。
「ちょっと紗菜ちゃん〜!逃げないで…!」
あっ…またやってしまった。さっきまでお姫様抱っこしてもらって平気になったのかもって期待していたけど…やっぱり染みついた癖は中々治らないみたいだ。
「ご、ごめんなさい。それで…何で話しかけてくれたんですか?」
「ふふっ、それはね〜紗菜ちゃんをワルツのペアに誘うためだよ。」
「え…いいんですか?」
きっと…っていうか絶対宇美原さんは他の女の子から誘われてるはずなのに…私なんかでいいのだろうか…?ありがたいと感じると同時に申し訳ないという気持ちが込み上げる。
「もちろん。じゃあ紗菜ちゃんは僕とペアで決まr」
「そんなの許すわけないでしょ。」
宇美原さんの言葉を遮ったのは新堂さんだった。
新堂さんの後ろには何故か怖い顔をした、白石さんと紺乃さんがいる。
「朝からですけど…抜け駆けしすぎですよ、雪斗。」
「月摘はお前だけの婚約者じゃないからな。」
白石さんも紺乃さんも何でそんな怒っているんだろう…?
「はぁ…タイミング悪いね、3人とも…」
「ということで俺とペアを組もうよ、月摘ちゃん。」
キラキラのアイドルスマイルで手を差し出してくれている新堂さん。こ、これはどうすればいいんだろう…?そう考えている間に今度は白石さんも手を差し出した。
「…紗菜さん、私を選んでくださいませんか?」
そう言って周りに薔薇が見えるようなすごいオーラを放っている、白石さん。
ど、どうしよう…私なりにこの場を理解した結果、今私はこの3人からペアを誘われている…よね?きっと誰からも誘われない私を気遣って誘ってくれているんだろうな…こ、断れないよっ…
そうこう考えていたら黙っていた紺乃さんが口を開いた。
「俺たちは4人で組むぞ。」
「え?」
「「「は…?」」」
4人で組むってどういう…?
「いやいや、どういうこと?」
「ワルツで4人とか意味わかんないんですけど…?」
紺乃さんの爆弾発言により、3人とも呆れた顔をしていた。
「さっき教師に許可を得た。本番は全員月摘とペアを組むということになっている。」
あぁ…そういうことか…
「それって本番紗菜ちゃんが4回も発表しなきゃいけなくなるじゃん。」
た、確かに…体力に自信はあるけど流石に4回連続とかだったら無理かもしれない。
「ちゃんと休みが取れるよう、発表の順番も調整しといたから大丈夫だ。」
「…なんか完璧すぎて逆に怖いんだけど。」
「分かるよ。」
と、とりあえず一件落着かな…?それにしても紺乃さんすごいなぁ。
先の状況まで予測して対策するなんて…私には到底できそうにない。
「ていうかそんな事するまで紗菜ちゃんを取られたくなかったの〜?涼くん?」
やっと落ち着いてきた私を他所に宇美原さんはにやっとした笑顔で紺乃さんの頬をつついていた。
「…やめろ。それに俺は月摘の婚約者候補としての責務を全うしてるだけだ。」
「はい、はーい。そういうことにしときますか。」
…仲、いいんだなぁ。私には友達がいないから4人が仲良くしているところを見ると少し羨ましいなと感じてしまう。
「それじゃ、色々決まりましたし、ワルツの練習始めましょうか。」
白石さんのその一声でワルツの練習が始まった。
ーー
「ねぇ、あそこだけレベルが違くない?」
「いやそれな。なんか、こう…オーラが違うっていうか?」
「でも、当たり前かぁ。紗菜様は学園内屈指の運動神経の持ち主だし、宇美原様はよくSNSでハイクオリティな踊ってみた出してたし。新堂様に関しては現役アイドル…いや、改めて考えても完璧メンツだわ。」
「それに白石さんは今月のドラマの役アイドルだったしな。…でも紺乃さんがダンスできるなんて驚いたわ。」
「勉強できるのは知ってたけど…運動もできるとか反則でしょ。」
ーー
「つ、疲れた〜。」
「僕も僕も〜久しぶりにこんな動いたよ…」
私もちょっと疲れたな…
あれから大体30分くらいたった。30分間ひたすらワルツの練習をしていたからか、私達は全員ぐったりしていた。
「それじゃあ10分くらい休憩しましょうか。」
やったっ…!心の中でガッツポーズを決める。
「やった〜!僕、寝る…」
「俺も…」
「みんな寝るんですか?…涼に関してはもう寝てますし…」
白石さん以外の3人はもうぐったりと寝る姿勢をとっている。3人が綺麗に並んでいるのを見て笑顔が込み上げてきた。
「ふふっ…」
いつのまにか自然に笑顔になって、声が漏れていた。それに気付いた時には4人はバッチリ私の方を向いていた。
「ふふっ…紗菜さん、やっと笑ってくれました。」
「笑顔な紗菜ちゃん、すっごく可愛いね…!」
2人はお世辞を言ってくれているけど、さっきの絶対気持ち悪かったよね…
「…っ、わ、忘れてくださいっ」
今すぐに記憶から抹消して欲しい…っ
「え?何で?今の月摘ちゃん超可愛いかったよ?ねぇ、涼?」
「…少なくとも気持ち悪くわなかった。」
出会ったばっかりだけど、紺乃さんの性格的にお世辞は言わないと思うから…気持ち悪くはなかったって思っていいのかな…?
「皆さんありがとうございますっ…」
こんな私に優しくしてくれてる皆さんには感謝してもしきれないな…
あ、そうだ、喉も乾いたし自動販売機で飲み物買いに行こうかな…月摘学園の体育館には自動販売機が付いていて授業中でも買っていいことになっている。
「私、飲み物買ってきますっ…」
そう皆さんに報告したあと、1人自動販売機に向かう。皆さん付き添うよと言ってくれたけど流石に自動販売機は近いから1人で行くと私が皆さんを説得した。
あと数歩で自動販売機につく、その時ーー
バンッ
誰かが私に大幅にぶつかりながら私の後ろを通った。その数秒後、ジンジンと腹部が痛むのを感じた。
急いで腹部を見ると、着ているジャージに大量の血が染み込んでいた。
「こ、これは…」
さっきの後ろを通った人が私の腹部を切った…?
一体何のために?決して深く切られているわけじゃないけど…それでも結構痛む。
どうしよう…私が油断したばっかりに…この傷を見せたら宇美原さんたちは自分たちが付き添っていれば…って責任を感じちゃう。家族のみんなにも心配はかけたくない。
とりあえず下のジャージをお腹の上に巻いて、血が見えないように隠した。
先生に言って今日は早退しようかな…
そんなことを考えていた時、出血のし過ぎで貧血が起きたのか、ふらっと立ちくらみが起きた。
「…っ!」
床に叩き落とされると覚悟していた私は、想像していた感触より柔らかい、何かに包まれていた。
「月摘さん!!大丈夫ですか…っ!?」
この爽やかな声は…篠崎、さん…?私はいつの間にか篠崎さんの腕の中にいた。どうやら倒れそうになった私を篠崎さんが助けてくれたみたいだ。
「し、篠崎さん…」
「はい、篠崎です。月摘さん、顔色がさっきより悪くなっていますが、どうされたんですか?」
どうしよう…流石に正直にお腹切られましただなんて言えないし…
こ、ここは…っ
「じ、実は貧血で倒れそうになったんです。」
こ、こう言うしか無いよ…っ
「そうだったんですね……宜しければ僕が保健室までお送りしますよ。」
「い、いえ…1人で行けますので、大丈夫です。」
出来れば1人で寮まで戻って手当てしたい…
そんな私の願いは叶わず、気付いたら篠崎さんにお姫様抱っこされていた。
「え、?」
「ふふっ…ごめんなさい、月摘さんのお願いは聞けません。僕も好きな女の子が倒れそうになっているのをただ見ているだけなんてできませんから。」
うぅ…優しい人だとは思っていたけど…ここまでとは思わなかったな…
断る方が失礼だと思った私は篠崎さんに保健室まで運んでもらうことにした。
「とりあえず先生に報告しに行きましょうか。」
「よ、よろしくお願いします。」
篠崎さんは私をお姫様抱っこしながら先生の所まで運び、さっと許可を得た。
「それじゃあ保健室に行きましょうか。」
そう言い、篠崎さんが保健室の方向にくるりと体を回転させたその時ーー聞き覚えのある声が私の耳を掠めた。
「紗菜ちゃん…っ、やっと見つけたっ…ってあなたは…」
ずっと私を探してくれていたのか、息が少し上がっている宇美原さん。
「あぁ君は宇美原さん、でしたよね?すみません。今、月摘さんは貧血なので僕が保健室まで運ぶことになっているんです。」
「その役目は僕でもいいかな?少なくとも僕の方が紗菜ちゃんと仲良いし。」
いつもニコニコしている宇美原さんとは思えないほど、今の宇美原さんは真面目な顔つきをしている。
「いえ、月摘さんの危機に1番最初に気付いたのは僕なので…そのくらいの権利はあってもおかしく無いかと。」
「そ、それは…」
バチバチと宇美原さんと篠崎さんの間に火花が散っている。
「それに、さっき先生が言っていたけど、宇美原さん達は他のペア達に教えることを頼まれているんだってね?そろそろ戻った方がいいんじゃない?」
「…っ」
「ふふっ、じゃあね。宇美原さん。」
「あ、さ、紗菜ちゃん…っ!!」
宇美原さんがこちらに手を伸ばしている。正直その手を取りたいけれど…宇美原さん達には心配をかけたくないよ…っ
「ごめん、なさい…」
宇美原さんに聞こえるはずもない、小さな声でそう呟いた。
篠崎さんはスタスタと保健室の方向に歩いて行った。そして…体育館から出てしばらく経った後、私は篠崎さんが保健室とは違う方向に歩いているのに気づいた。
「あ、あの篠崎さん。保健室はこっちじゃないでs」
「ふふっ…そうですよ?今から紗菜さんが行くのは保健室じゃないです。」
全身がゾワッと鳥肌に包まれた。それは篠崎さんがさっきまでの微笑むような笑顔ではなく、弧を描くような怖い笑顔を見せたからだ。
「それってどういう、?」
「だから、おやすみなさい、紗菜さん。」
その言葉を最後に首の後ろにちくりと針のようなものが刺された感覚を覚え、私は意識を失った。
