扉が閉ざされると、早速アリアドネはベッドで眠っているエルウィンの様子を見に行った。

ベッドに横たえられたエルウィンが風邪を引かないようにダウンケットを掛けて様子を見る。
エルウィンはアルコールのせいで首まで真っ赤に染め、眉をしかめながら呻いている。

「う……うぅ……」

「エルウィン様……申し訳ございません。まさかお酒に酔っていらっしゃるなど思いもしていなかったので」

 アリアドネは意識のないエルウィンに謝罪すると、テーブルの上に散らかっている瓶とグラスを片付けた。
 ふとエルウィンが夜会で着ていた騎士の正装衣が無造作に椅子に掛けられていることに気づく。

「そうね。ついでにお部屋も片付けましょう」

 働くことが好きなアリアドネは22時を過ぎているにも関わらず、部屋の片付けを始めた――



「う……」

 片付けをしていると、ベッドで横たわっているエルウィンから苦しげな呻き声が聞こえてきた。

「エルウィン様?」
 
 慌ててアリアドネがベッドに駆け寄ると、エルウィンが何事か小声で呟いている。

「……ず……み……」

「え?」

小声で聞こえなかったアリアドネはエルウィンの口元に自分の耳を近づけた。

「み、水……」

 エルウィンは水を欲していたのだった。

「お水が欲しいのですね? 分かりました。すぐにお持ちしますね」

 返事をするとアリアドネはすぐに部屋に置かれた水差しからグラスに水を注ぎ入れるとエルウィンに持っていった。

「エルウィン様、お水をお持ちしました」

「……」

 しかし、エルウィンは眠っているのか反応がない。

「み……み、水……」

それでも水を欲しがって唸っている。

「エルウィン様………」

(どうしましょう。こんなに水を欲しがっているのに、どうやって水を飲ませて上げればいいのかしら……)

あいにくこの部屋には水飲みが見当たらない。ベッドに横たわっている相手にコップで水を飲ませることなど不可能だった。

「困ったわ……」

水の入ったグラスを持って部屋の中を見渡したとき、グラスの水が跳ねてエルウィンの顔に水滴が垂れてしまった。

「あ! 申し訳ございません!」

慌ててハンカチでエルウィンの顔の水滴を拭おうとした時……。

突然ガシッとコップを持っている右手首を握りしめられた。

「え!?」

慌ててエルウィンを見下ろすと、虚ろな瞳でアリアドネを見つめている。
そして右手首を掴んだままムクリとエルウィンは起き上がった。

「あ、あの……エルウィン様……?」


恐る恐る声をかけると、エルウィンは無言でアリアドネの手首を放し……コップを掴んだ。

「お水ですね? どうぞ」

すると無言でコップの水を一気にゴクゴクと飲み干し、空になったグラスをアリアドネに差し出した。

「あ、はい。お水飲んだのですね?」

返事をしながら殻になったグラスを受け取ると、再びエルウィンはベッドに倒れ込み……じっとアリアドネを見つめた。

(な、何かしら……?)

一言も口を聞かずに黙って見つめられるものだから、アリアドネは気恥ずかしくて仕方がない。

「あ、あの……何か?」

ついに我慢できず、アリアドネはエルウィンに声をかけた――