「まさか……あの仮面の方がこの国の王太子殿下だったなんて……」

「ああ。全くだ。まさか第一王子だったとはな……」

流石のエルウィンもこれには焦りを感じた。
知らなかったとは言え、かなり無礼な態度を取ってしまったからだ。
アリアドネもエルウィンの動揺に気付き、そっと声をかけた。

「大丈夫ですか? エルウィン様」

「大丈夫だ。もし何か言われたら、正直に詫びるしかない」

この国の第一王子は謎に包まれていた。
エルウィンは父親亡き後に辺境伯を継ぎ、何度かこの城に赴いたことがあったが一度もマクシミリアン王太子には会った事が無かった。
代わりに第2王子と第3王子には多少なりとも面識があった。彼らとは戦場で共に戦ったことがあったからだ。

「まさか、こんなところで第一王子に会うとは思わなかった。彼は公の場に出席することを極端に嫌っていると言われているからな……」

しかし、エルウィンは疑惑を抱いていた。

(ひょっとして第一王子は常に人前では顔を隠した状態で、公の場に姿を現していたのかもしれない。何しろ、俺の睨みでひるまないのだからな。只者ではあるまい)

エルウィンがマクシミリアン王太子の件で思いを巡らせていた一方、アリアドネも別のことで頭を悩ませていた。

(どうしましょう……まさかお姉様がこの城に来ていたなんて。しかも私の姿も見られている。どうか、ばったり会ったりしませんように……)

 アリアドネはステニウス伯爵家でメイドとして働かされていた頃、ミレーユにことあるごとに呼び出され、罰を与えられていた。
それは大抵彼女の機嫌が悪い時であり、1人でミレーユの部屋の大掃除をさせられたり、遠くの店まで買い物に行かされたり……時には命じられた仕事を終わらせられなかった罰として食事を抜かれたこともあった。

暴力を振るわれるなどの体罰こそ無かったけれども、それでもアリアドネにとってミレーユは驚異の存在だった。
エルウィンもアリアドネも考え事をしていた為、国王とマクシミリアン王太子の話など聞いてもいなかった。

そして、マクシミリアンが人混みの中から、食い入るような目でアリアドネに熱い視線を送っていたことにも――


 会場に管弦楽の音楽が流れ始め、人がぞろぞろと中央ホールに移動を始めた頃……。
アリアドネとエルウィンは我に返った。

「アリアドネ。ダンスが始まったようだな」

「はい、そうですね」

エルウィンの言葉に頷くアリアドネ。

「「……」」

2人とも、少しの間無言で人々のダンスを踊る様子を見つめていたが……。

「そ、それじゃアリアドネ。俺たちは立食テーブルにでも移動するか?」

「はい、そうしましょう」

何しろ、エルウィンもアリアドネもダンスを踊ることが出来ないのだ。この場にいても意味が無い。

エルウィンは辺境伯として戦うことしか能が無かったし、アリアドネはメイドの能力はあるものの貴族令嬢としての教育は一切受けていないのだから当然であった。

 ある意味、似た者同士の2人は立食テーブル席へと移動した――